第2話 訪問者


生活保護が決まってから7日目の朝、時計は9時30分を指していた。ぼんやりと体を毛布に包みながら、瑛二は薄ら寒い部屋に身を沈めていた。そんなとき、静寂を破るようにインターホンが鳴った。


「誰だ…もしかして」と、気だるい声で呟きながら玄関へ向かう。扉を開けると、そこには整った顔立ちの男が立っていた。男の瞳は聡明さを漂わせ、その笑顔にはどこか不気味な魅力があった。


「こんにちは、はじめまして。小崎瑛二さんですね?

わたくし、ケースワーカーの渡邉斗真と申します。これからよろしくお願いします。」


明るく朗らかな声と、どこか無邪気な笑顔。その対照的な存在感に、瑛二は思わず内心で「自分とは真逆の人間だ」と感じた。これまで誰とも真剣に関わることがなかった彼にとって、この男の存在は、まるで自分が隔絶された世界に取り残されている証のようだった。


「…よろしくお願いします。ど、どーぞ、上がってください」


そう促されるまま、瑛二は重い足取りで部屋へと招き入れる。狭い空間に、二人の気の違う空気が混ざり合う。渡邉は軽やかに部屋の中へと歩み寄り、瑛二はソファに腰を下ろすと、自然とあぐらをかいた。


「えー、まず瑛二くんは何か困っていることとか、相談したいこととかありますか?」


問いかけに、瑛二は喉元から漏れるように、かすれた声で答える。


「いや……困っているというか、なんというか……」


その小さな声は、彼自身の絶望と諦めを物語っていた。渡邉は、まるでその心の奥底を見透かすかのように、ニヤリと笑みを浮かべる。


「うんうん、なるほどね。」


何もわかってないくせに共感してきた…。いわゆる"陽側"の人間、こんな弱者の気持ちなんて、きっと理解することなんて一生できないんだろう…。


瑛二は顔を伏せ、内心の虚しさを改めて噛みしめる。自分が何者にもなれず、ただ存在するだけのゴミだと、心の中で呟かずにはいられなかった。


「まあ、瑛二くん。ここ最近はずっと働いてなかったり、社会経験も乏しいでしょうからね。これから就労を目指そうとは思いませんか?もし無いようなら、精神科に通院しなければならなくなりますけど…」


瑛二はため息を深く吸い込み、重い口を開く。


「はい…俺は何もできません。生きるただのゴミですから。」


その瞬間、渡邉は喉に詰まるようなクグッ!という音を出し、にたついた笑いを浮かべ、意味深な沈黙を挟んだ。瑛二の内心には、いつものように自分を貶める声が響いていた。


『やっぱり、この人……俺を馬鹿にしてるんだな。これはいつも通りのパターンだ。どうせ、俺はゴミだ。ゴミはゴミらしく、これから、労働者の血税をむさぼって、不自由な生活の中でYouTubeとかゲーム実況を見ながら、全てを諦めて生きるんだ。どうせ、何者にもなれないんだから。』


渡邉は、そんな瑛二の沈んだ様子を見て、どこか軽快な調子で話を続けた。次第に話題は、これからの生活や定期訪問の予定など、形式的な内容へと移っていく。だが、その口調の裏に潜む何か、不穏な気配に、瑛二はわずかな違和感を覚えた。

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