ペナルティ・デッド・ハピネス

リヴ

第1話 蝉の声と冷えた部屋


7月14日。夏の昼下がり、窓越しには蝉の声が響いていた。ジリジリと耳に突き刺さるその音は、まるでこの世の熱狂を伝えるかのように呻いている。


7畳半の狭いワンルームに流れる冷たく硬い空気。クーラーの温度は18度に設定され、部屋は無機質な冷気に支配されていた。すっかり夏になった外界とは正反対に内側は冬の様に冷え切っている、毛布にくるまる"小崎瑛二"は、ただ天井をぼんやりと見つめ、時間がズルズルと溶けていくのを感じていた。


27歳。178センチ、72キロ。少しばかり中肉中背の可もなく不可もない顔、処理のしきれていない無精髭がジリジリと喉元まで続いている。かつての夢も、希望も、すべてはどこか遠い記憶となり、彼の中ではただ、鬱屈とした虚無感が広がっていた。実家を追い出され、ニートとなった彼は、誰にも認められない「社会不適合者」として、日々の苦悩に沈んでいた。


幼い頃から、瑛二は影のような存在だった。小学校の教室で、友達の笑い声の中に溶け込み、存在すら気づかれないほどにぼんやりと生きていた。誰かに呼ばれても、返事をする勇気もなく、ただ周囲の喧騒の一部として、静かに流れていく日々。母親は「もっと明るくなれ」と諭すが、どうやって輝くことができるのか、その答えは決して見つからないまま卒業を迎えた。


中学、高校、そして大学へと進む中で、瑛二の存在感はなお薄くなり、どんなに努力しても、誰かの期待に応えることもなく、ただ時が過ぎていくだけ。社会に出てからは、職場で「もっと積極的に」と言われ、何かを発言しても誰も耳を傾けない。そんな彼は、すぐにその場所から追い出されるように、ひとり取り残されていった。


そして、今。狭いワンルームで、生活保護に頼る生活。自分がどこかのゴミのような存在だと思わずにはいられない。かつて誰かの中に存在する価値を感じたことなど、一度もなかったからだ。

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