コドク

ライト

本編

 ゆっくりと、手持ちのロウソクの火に照らされた地下室に続く階段を下る。全く、この仕事も楽ではない。異端審問なんてものは。


 尋問官共では手に負えないということで、最後に死刑の執行人であり、兵士長であるこの俺に尋問をさせるとはな。


 もちろん、死刑なんぞそこらの一兵にもできるのだが、要は奴らに思い知らせるためらしい。


「我らの教えに背くと、このようなことになるぞ」と。


 報復を受けたとしても、返り討ちにできる俺だからこそ選ばれたようなところもあるがな。偉くなる、強くなるってのも面倒だね。こんなお鉢が回ってくるとは思わなかったが。


「では、ご武運を」


「なーに、戦に行くんじゃないんだからさ」


 牢屋の門番をしていた新兵に軽く挨拶を済ませ、中に入る。全く、こんな新兵じゃ武装しているとはいえ、脱出されたら直ぐに殺されて脱獄されるぞ。


 俺は用意されていた燭台に火を灯し、椅子に腰かけた。


「で、お前、異教徒なんだって?」


「はい、そのようですね」


 男はゆっくりと顔をこちらに向ける。全く、この国の尋問官は拷問が下手だねぇ。顔が腫れ上がっているじゃないか。


「相当腫れてるね。君、何人の尋問官に相手されたの」


「数えるのも億劫です。しかし、拷問されたのは二度でした」


「二度……」


 数えるのが億劫なのに二度……?こいつ、頭でもイカれているのか。いや、無理もない。こんなにも痛々しく青アザを作っているじゃないか。


「一度目で生爪を二十枚と右目。二度目で歯を全て抜かれ、左目と睾丸を潰されました」


「……は?」


「そこからは大変でしたね。ただただ殴る蹴るの暴行。食いしばる歯もないというのに」


 ……ダメだこいつ。完全にイカれている。なんなのだ、こいつの精神力は。こんなにも拷問されてもなお、改宗しないとは。


「俺は、お前の処刑執行人だ。俺の一声でお前の処刑を撤回することも出来る。それを知ってもらった上でひとつ聞くが。まだ改宗する気はないのだな」


「はい」


「我らの宗教、君主崇拝は王を絶対神とする。それは知っているな」


「はい」


「それを理解して、今の状況を鑑みてもなお、お前は改宗しないというのか」


「はい。私は神を、我らが主を崇拝しております」


 にこりと、男が微笑む。真っ直ぐな、曇りなき眼で。いや、曇りきって、漆黒なのだ。


 こいつの目は、きっと拷問で失明している。それでもなお、まなこを開き、俺をじっと見つめるのだ。


「……わかった。ならばこうしよう。お前が異端者の仲間を連れてきたら、その数だけ猶予を一ヶ月伸ばしてやる。一人なら一ヶ月、二人なら二ヶ月だ」


 もう、俺は完全にこいつに恐怖していた。こんなやつを、俺の手で殺したくなどない。少しでも、先延ばしにせねば……。


「私一人です。何故なら、私が殺したのですから」


「は?」


 殺した……?同胞を……?


「我らが神は、血を欲していたのです。少しでも多くの血を捧げたものが、神の寵愛を受けられる。それが我らの教えでした」


「それで、お前は同胞を殺したのか……?」


「正確には私一人ではありません。満月の夜。神の瞳が完全に開く時。私達は、礼拝堂で全員で決闘をしたのです。そこで生き残った者のみが、教えを解く先導者になる。その場を、誰かが通報したのでしょうね」


 なんて血腥なまぐさい……!そして、こいつは激痛を伴いながらも、まるで子供に読み聞かせるように優しく、柔らかな口調で話す。


 まさに、「異端」であった。


「どこまで毒されているんだ……!」


「毒されている……?」


「そうだ。お前のそれは劇毒だ!心を犯す、毒だ!」


「毒ですか。確かに。そうかもしれませんね。私の信仰は執着だ。神に縋り付く、そうすることで安心を手に入れていた。貴方はそれを心を犯す毒だと言った。毒されている、と。ならば、貴方たちが私たちを弾圧しようと執着するそれも、呼ぶのではないでしょうか?毒、と」


 世迷言を……!俺は力任せに机を叩き、男を睨みつけた。燭台の火が、ゆらりと揺れる。


「毒だと!崇高な我等の君主崇拝が毒だと!?」


「何も、貴方たちや私が特別に毒されているという訳ではありません。知らず知らずのうちに、誰もが毒を持っているのです。依存、盲信、そして崇拝……。それに気が付かないだけなのですよ。貴方のようにね」


「……」


 俺は、異端者がまるで人間では無い悪魔のように、そう思ってきた。だが、違う。こいつは人間だ。人間の、毒に犯された成れの果てだ。


 そして、その毒が、俺の中にも渦巻いている。そう思うと、先程より男にどこか親近感が湧いてしまった。


 このままでは行けない。俺は立ち上がり、部屋から出ようとすると、男が声をかけた。


「気をつけてください。孤独な者ほど、毒は回りやすいものです。私もそうでした」


 その言葉を聞き終わる前に、足早に俺は牢屋を後にした。


 翌日。俺は往来の前で、男の処刑を行った。終始俺は俯き、顔を見ないようにしていた。


 しかし、見てしまったのだ。俺が首に刃を突き立て、斬り落としたその時、地面に転がり落ちた彼の首を。


 男は、ただただ微笑んでいた。そして、こう言ったのだ。


「主に捧げるのなら本望です」


 と。

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コドク ライト @raito378

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