自己申告

市町村

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 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 俺は夢の中に部屋を持っている。内装は自室とほぼ同じだが、決定的に違っているものが一つだけある。犬がいることだ。

 ある日はゴールデンレトリーバー。ある日はチワワ。ある日はコーギー。日ごとに種類が変わる。

 しかし、ここ最近は出てくる種類が毎回同じだ。それも犬ではなく人間で、同じ人物が。


「どうかしましたか、先輩」

 その声にはっとなって、整理しようと手にした図鑑を落としそうになる。俺はそれを本棚に素早くそっと戻す。子供向けの猫の図鑑だ。ナンバリングは『9』。

 気分がざわついて急いで手を引っ込める。ようやく声をかけられた方に顔を向けると、バイト先の後輩がこっちに歩いてくるところだった。

「悪い。ちょっとぼーっとしてたわ」

「具合でも悪いんじゃないんですか」

 また飲みすぎたんでしょう、と後輩は呆れたように言うと、俺の足元にある荷台の段ボールから、新刊本を取り出すのを手伝い始めた。俺が大丈夫だと言っても涼しい顔で無視している。いいやつなんだか、やばいやつなんだか。

「飲んでないよ。ただ最近、睡眠不足で」

「……なんか悪夢でも見たんですか?」

「いや、悪夢ってわけじゃないんだけど」

 うっかりそこまで言ってから気付く。やばい、ナチュラルに話すところだった。こればかりは他人に話したって解決できない悩みだ。

 しかも、その夢に出てくる人間というのが、どうやらこの後輩のようなのだ。

 おかげで最近は近くにいられると、気まずく感じることこの上ない。別にこいつが悪い訳ではないので避けることもできないし、俺はどうにもできずにいる。

 なぜ9回も連続でこいつのいる夢を見てしまうのか。それがわかればもしかすると対策のしようもあるだろうが。

……わからない。理由は全くと言っていいほど思い当たらない。

 ぴたりと話を止めてしまった俺を訝しんだのか、後輩が俺を肘で小突く。

「で?」

 で、じゃないよ。仮にも先輩をなんだと思ってるんだ。こいつは俺によく舐めた態度をとってくるので、時々イラつくこともある。もう慣れたけど。

 まぁ、ここまで言っておいて別の話題に移るのも不自然だ。俺はため息を吐くと話し始めた。ああ、自業自得すぎる。

「俺さ、夢の中で、毎回犬を飼っているんだよね。その夢自体は毎日見るんだけど、最近、飼っているのが急に――えっと」

 なんと例えたらいいか考えあぐねて、とっさに、さっき戻した図鑑を思い出す。

「猫。そう、猫になっちゃって」

「……ふーん」

 なんとも気のない相槌だ。なんだか変に緊張しているのが馬鹿みたいに思えてきて、そこから俺はすらすらと話せるようになる。そうだ、こんな話題は冗談めかして早く終わらせてしまおう。

「その猫がさ、もうここんとこずっと夢に出っ放しなんだよ。意味わかんなくね? いつも犬だったのに突然猫って。それってどういう法則なん――」

「その猫、懐いてましたか」

「えっ?」

 突然の質問に面食らう。てっきり適当に聞いてると思ったのに、なんだよいきなり。

「あー、まぁ、嫌われてはなかった、と思うけど」

「かなりちょっかいかけたんじゃないですか。引っ搔いたりとか」

「いや別に、……引っ掻いたりとかは」

「じゃあ、どんな様子でした」

 しつこいなと言おうとして横を見たけれど、言葉は引っ込んでしまった。いつの間にか後輩が手を止めて俺をじっと見ていたからだ。こっちを伺うような目つき。俺の息も一瞬止まる。

 まずい、思い出しそうになる。あの時の――。そう、こいつの顔とか。


「ちゃんと教えてくださいよ」


 一つの景色が、俺の頭によみがえる。

 開け放った窓から風が吹き込んで、カーテンが白波のように揺れている。俺は傍らに視線を落とす。傍らにはこの男が寝転がっていた。目が合う。

 そいつはおもむろに起き上がると、更に俺の方ににじり寄る。早く構えと言わんばかりの様子でじっとしているので、俺は恐る恐る頭を撫でてやって。それで。


 気が付くと目の前の男が俺の手首を掴んでいた。俺の力は変に抜けていて、されるがままになっている。さっき思い出した景色と、今の光景が自分の中で重なっていく。

「――こうだったんじゃないですか?」

 そう言いながら奴は俺の手を自分の頭の上にぽん、と置く。馬鹿にしたようなとも、悪戯っぽくともとれる笑みが顔に広がる。そして、にゃあ、と鳴いてみせる。


 ……最初から言えよ。そうなんだったら。

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