第11話 ひとの恋路を邪魔する奴は・・・7

【茶屋出立の事】




 おい、と言って十手持ちは、水牛のままの姿の岡っ引きに向かって出立しゅったつの合図をした。


 相変わらず白いセーラー服が、調子に乗って団子を岡っ引きに与えるもんだから、重い腰をあげそうになかった。


 そこで、十手持ちは、


 白い服のお嬢さん、いい加減出立しゅったつしたいんだが、と声を掛け、それまで、水牛の口にホイホイ放り込んでいた団子を持つ手を止め、あ、と言って、顔を赤らめつつごめんなさい、と深々とお辞儀をした。


 それを見た水牛の岡っ引きはあっという間に人型に戻り、いや、完全には戻っていない、腹部がパンパンに膨れていて、見るからに団子の食い過ぎとわかるぐらい。


 頭の角と、手足の蹄が水牛のままだった。


 十手持ちは、ごめんなさいと岡っ引きに寄り添いながら、私の所為せいです、と言っている、顔を赤らめたままの少女を見て、それ以上何も言えなかった。


 頭をきながら、なんでこんなのがいいんだ、と、ひとり言を言いながら学生服と紺のブレザーにも出立しゅったつを促した。




 大人しい学生服と、何を考えているか分からない紺のブレザーを見ながら、本当にこいつらが、隠密おんみつなのだろうか、とほとんどその確率は少ないはずなのに領主の元に連れてこいと言うのは一向に解せない。確かにこの領主は善政を敷いている、とまでは言わないが特に悪くもない可もなく不可もなく、強いて言えば今度、婚姻があるから祝え。といった、おおよそ前時代のような、お触れを出す位頓珍漢とんちんかんな領主であることは確かだが、公儀が動き出すまでの事ではないはず。他に理由が。


 その時、木の上から


 おい、と声を掛けるものが居た。


 気が付けば、姿は見えないが気配が退路たいろを塞ふさぎぎ、左右の茂みからは見えない壁のような殺気が貼りつき、ただ前方の歩みだけが許されている、そんな状況に知らず知らず誘われていた。


 十手持ちは、腰に差している十手の柄つかを握り直した。


 が、聞こえているのか聞こえていないのか、相変わらず、水牛と白いセーラー服はキャッキャ言いながら、散歩気分で歩いている、紺のブレザーは本に視線を落としながら歩いていて、せめてもの救いが学生服が、若干なりとも緊張した様子だった。


 そいつは、突然


 ドン、と上空から飛んできた、いや跳躍ちょうやくと言っていいだろう、そのまま、間合いを詰めてきたかと思うと、小刀しょうとう、いや、脇差わきざしと言っていい。


 野太刀のだちのそれや、刀の長さとは比較にならない位短い得物えものが、二本。


 一本は十手を握っている手元、一本は正眼に。


 その短い刀が妖気ようきを発する如く、こちらはピクリとも動けない。


 そこで初めて、水牛と白い服はキャーキャー騒ぎ出した。


 少し黙ってろ。




 と心の中で叫んでいたが、それより先に二本差しの獣人が少し黙ってくれないかな。


 と、静かな声で、だが圧のある声で。


 視線を別に移すと、紺のブレザーは相変わらず本に視線を落としたまま、となりには、その獣人の手下と思われる人型と、半獣人がそれぞれ、槍と野太刀を構えていたが、反応が今一なのか、手持無沙汰てもちぶさたにしている。




 学生服の方に視線を移すと、多少はそれらしく、ハーピー型獣人、二人にガッチリ両脇から抱えられ、喉元にその鋭い爪が両サイドから伸びていた。


 好色こうしょくな気もあるからだろう、若い男に飛びついたのだろう。


 情けない顔してやがる。


 が。


 この状況どうするかだ。




 一人金貨10枚。


 二本差しの獣人は言った。




 取引か。


 命が金貨10枚なら安いもんだろう。




 生憎、持ち合わせがない。


 だろうな、木っ端役人には大金だろう。




 手下が、


 女二人、高く売れるぜ。




 あと、この若い男、わっちらにくれねえですか?


 ハーピーは間に入って言った。




 俺達は、無駄な殺生はしない主義でな。


 人身売買じんしんばいばいしてたら、世話ねえぞ。




 減らず口か?


 まあな。




 十手持ちは、


 ウーンと言いながら、柄を持っている手はそのままに反対の手を頭を掻き小さく溜息を吐いて、


 噂の野盗はおめえたちか。




 黙ったまま、




 続けた。


 ここの峠に来る前に、千羅刹女せんらせつにょの話を聞いたぞ。




 なに。


 どうも、ここの街道のあがりが他の街道より良いみたいで、この峠を獲りに来るって噂だ。




 やっぱりそうか。じゃあ、話はここまでだ、通れ。




 そう言うと、二本差しの獣人は小刀をさやに納めつつ、水牛と白い服。紺の服。学生服の傍にいる手下に目配せした。




 人型、半獣人は消えるように。


 ハーピー二人は名残惜なごりおしそうに、学生服の頬ほほや首筋をででてまたね、と一言言って大きな翼を広げ、音もなく空の点となった。




 脅しだ、そう言いながら、左右に納めた小刀の柄を握って獣人は言った。治安を俺達が守っている、盗賊や、悪党、指名手配人が都に入らない様に、だ。




 その悪党は、わっちらの事かね?


 その声を聞いたと同時に、それまでなかった、殺気が脳髄のうずいぐる位、体中走った。




いつの間に。獣人と十手持ちは同時に緊張が走った。



 そんなにわっちらの事が恐ろしいかい。


 繰り返し言った。




 知らない間に、一重二重ひとえふたえと囲まれていた。


 わっちら、千羅刹女に会ったら、この美しさを見た事が、冥途の土産になるよ。と言って。


 その姿を現した。


 確かに美しい、が。


 美しい花に、棘があるように、毒があるようにその美しさは、文字通り毒々しい、美しさだった。


 まさかりを二本、異様に柄の長いそれを左右に持ち、地面に引きずりながら、こちらに向かってゆっくり歩いて来た。






 【断崖の城の事】




 暑く、そして熱く、湿気と、汗と独特な臭いで寝具が重くなり、蒸せて、そして、気怠けだるかった。


 お互いの荒い息で、温かくなり空気そのものが重くなっていたが、それでいて二人の物だから、心地よかった。


 何度かの山を上り詰めた後、お互い喉が渇いたので、水差しからそれぞれの器に注ぎ、甲斐甲斐かいがいしくお姫様は、シーツを簡易的に身体に巻きお姉様と呼ばれている彼女に手渡した。




 一息で飲み干すと、寝具の中に紛れてしまった眼帯を取りだし、お互いの汗で少し重くなったそれを、結ゆわい付けた。


 さて、


 とお姉様と呼ばれている彼女は言った。


 詳しく聞こうか。


 はいと言って、事の経緯をしゃべり出した、


 今度、隣国の王子と政略結婚をする事、その祝いとして領民に祝いを強要している事、


 多分王國の中央がこの事に対して、隠密を放ったのではないかという事。もしかするとお姉様と私の密通がばれて、いるのでは。


 そう言うと、体をこわばらせ、


 もしそうならば不義密通ふぎみっつうは極刑。そう言うとぶるぶる震えが止まらなくなった。




 私、怖い。


 とお姉様と呼ばれている彼女にすり寄った。


 大丈夫だ。中央が、不義密通ふぎみっつうごときで隠密など放ちはしない、もっと他の事だろう。


 他の?


 すり寄った、腕の中から、御姫様は彼女を見上げた。その見上げた顔には、お城を出立した時の、キャンデイーの柄を吹いて瓦を割った時の荒々しさは全くなく、しおらしい可憐な女性がそこにいた。


 そう、他のだ。




 だが、詳しくは本人に聞いてみる以外にない、か。


 本人?


 そう、公儀隠密こうぎおんみつ本人に。


 そう言うと、腕の中で小さく震えているお姫様を抱きしめた。


 夜明けに出立しよう。で、その公儀隠密は今どこに?


 多分街道の峠付近かと。


 そうか。


 そう言うと、二人はまたお互いの熱い吐息の塊となった。






 バルコニーではその営みの一部始終を聞いている腰元こしもとがまんじりともせず控えていた。






 【三羽烏と妹の事】




 まだ?


 お兄さまの所はまだなの?


 三羽烏さんばがらすの背中に乗りながら彼女は言った。


 もうすぐです、あの山の峠にございます。


 と先頭を飛行している彼女は烏の姿のまま説明した。


 それと、どうやら、何かトラブルの様です。


 なに、先程、お兄さまたちが、この領内で、公儀隠密と間違われていると言っていたが?


 ええ、それはそうなのですが、その事と合わせて、何か新しいトラブルに巻き込まれたご様子。


 なに?


 今しばらく。


 と言ったが早いか、疾風しっぷうの如く、矢のように現場まで、もはや空の点となり飛んで行った。




 暫くすると、様子を見てきた彼女はどうやら、野盗、またはその類の武装集団が二組対峙たいじしていて、その間に御兄上一行が巻き込まれているご様子と注進ちゅうしんした。




 急げ、お兄さまに何かあればこの領域ごと消し飛ばしてくれるわ。


 と、叫び、


 お前たち急げ。


 と、さらに雄叫びを上げた。






 【領主の館での事】




 今だ王子の集団は出発できそうになかった。


 誰が、この部隊を率いて、進めるか、根本的に指揮系統をどうするかとか、どうやら、誰も責任を取りたくない様子で、集まりはしたものの、ただ、いたずらに時が経過していた。




 それを見ていた、王子は、自分の将来の妃になる者のことぐらい自分で何とかしようと、自分の信頼のおける部下3人ほどで、先行して出発する事にした。


 この辺りは、さすがに暗愚あんぐと言われている王子であっても、中々物事が進まない状況を見てしびれを切らした行動だった。




 その中の一人が斥候せっこうとして、王子の下に報告に来た、境にある峠にて、野盗の二つの集団が対峙しているというものだった。


 将来の妃については新しい情報が一向に情報がないが、その峠を越さなければ、断崖の城には行くことは出来ない。


 進む決断をしたが、加えての情報が、一行を躊躇ちゅうちょさせた。




 千羅刹女がその峠にいる、と言うものだった。






 これらの話の続きは、また後日。

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