第12話 ひとの恋路を邪魔する奴は・・・8

【峠での邂逅かいこうの事】


 さて、どうするかね。

 千羅刹女せんらせつにょの親玉は言った。

 女は使い物になるならわっちらの仲間にしてやってもいいが、白いセーラー服と、紺のブレザーの方を一瞥すると、

 まあ、どっちも売り飛ばした方がよさそうだね。


 で、野郎はどうするよ。

 と、獣人。


 そうさね。

 と言って、二本のまさかりを握っている腕の筋肉が盛り上がって、弛緩しかんしたと思うと、瞬間。

 取り敢えず、肉の塊になってもらおうか。

 と、言い終わる前に、まさかりの風が獣人に襲った。


 十手持じゅってもちと、完全に水牛になった岡っ引きは、白いセーラー服、紺のブレザー、学生服を間に挟み、千羅刹女せんらせつにょの手下が襲ってきても、防戦できる簡易的な陣形を取った。


 あくまでも簡易的、彼等の武器は十手しかない、そもそも十手には殺傷能力を望むべくもなく、あくまで、身分証であり、護身、捕縛ほばくを想定した物、心許こころもとないから許しを得て特別に棒の部分を刀のそれと同じ長さにしている程度だった。


 眼の前では、獣人と千羅刹女の親玉が二本の小刀と二本のまさかりが、その刃の行方が肉眼では追いつかないほどの速度で打ち合っており、刃と刃が打ち合うたび火花を甲高い金属音と共に辺りに散らしていった。


 気が付けば、羅刹女らせつにょの手下がジリジリ十手持じゅってもち一行に迫って来ていた。


 待ちな、と言いながら、空から二つの物体がまさに落ちてきた、それほどの速度だった、迫ってくる羅刹女の手下と十手持ち一行の間に割って入ってきたのは、鳥女ハーピーの二人だった。

 姉さん、こんな初物、こいつらなんかに渡す訳にはいかないねえ、と姉さんと呼ばれた鳥女ハーピーはそうだよ、久しぶりに若い初物はつものに巡り合えたんだ、若返るし、元気ないいひな生むことが出るさね。と学生服の方を見て舌なめずりをして、ウインクをして見せた。


 学生服は何のことか分からず、キョトンとしていたが、傍にいた白いセーラー服と、紺のブレザーはジト目で見ていた。


 十手持ちは、そんなことはどっちでもいい、この場を切り抜けることが出来れば、と十手を構えたままそう思っていた。


 峠の奥の方から、お親分遅れて申し訳ない、と口々に今度は獣人の手下がやって来た。

 そこで、羅刹女勢らせつにょぜいと、獣人勢じゅうじんぜいが入り乱れて、乱闘状態に突入した、先程、紺のブレザーの横で脅していた人型と半獣人も、羅刹女勢に飛びかかっていた。


 今がチャンスとばかり、少しづつ混乱の輪から抜け出そうと十手持ち一行はジリジリと移動し始めた。


 相変わらず、獣人と羅刹女の親玉は打ち合っていて、獣人が跳躍して、打ち込めば、羅刹がまさかりの刃ではじき返し、隙を見て渾身こんしんの打ち込みをするが、二本の小刀を十字にして受け、はじき返し、体勢を崩したところを、左右二本同時の正面打ちが大地をえぐった。

 はるか上空に跳躍した羅刹女を追うように、獣人も跳躍して、空中で数合すうごうと打ち合っていた。


 空中で、耳をつんざくような激突音が周りに響き渡った、と、同時に親分!と獣人の手下が口々に叫び声をあげていた。

 見ると獣人が地面に落下していくのが見えた。

 一太刀ひとたち浴びたのだろうか。

 鈍い音が、大地に響き渡った。


 と、同時に羅刹女の親玉は一瞬の跳躍で、十手持ちの一行の傍に来た。


 てめえ、と鳥女ハーピーは二人同時に飛びかかるが、片手、本当に片手でしかも、瞬時に柄の長いまさかりを逆に持ち替え、まさかりの柄の部分だけで二人を薙ぎ倒した。

 二人折り重なって大地に叩きつけられ、うめき声を発するのが精一杯だった。


 その薙ぎ倒した二人に目もくれず、顔は、目線はこちらを向けたまま、にじり寄って来た。


 その時、上空から、お兄さまと言って、屋敷でハープを弾いていた少女がヤタガラスに乗って叫んでいた。


 今お助けいたします。


 と手に持っていたハープの弦を引き絞り、数十本の矢をつがえ、ハープの弦の数だけの雷矢らいやを放った。

 お兄さまに傷一つ付けて見なさい、骨の髄までこの世から消し去って差し上げてよ。


 と、次の矢をつがえ、羅刹女の親玉に狙いを付けた。



都側みやこがわ峠入り口の事】


 ようやく、王子一行は峠の入り口までやって来た。

 が、その奥では、絶叫、刃と刃が打ち合う音、叫び声、金属同士が高速でぶつかる音、鬨の声、立木が裂け倒れる音、そして、咆哮ほうこう、大地の揺れる音、そして叫喚きょうかん


 この先は尋常じんじょうじゃない状況が繰り広げられていることは容易に想像できた。

 御付おつきの兵士を含め王子本人が、二の足を踏むのはどうしようもない事であった。

 王子はしかし、暗愚あんぐや、愚鈍ぐどんと呼ばれたまま、あの姫と夫婦になってはこれからの事も、沽券こけんにかかわる、ここは勇気を振り絞り、行くしかない。

 そう決心し手と足が同時に出ようが、前のみ見て一歩、また一歩と叫び声に向けて歩んでいった。


 姫。

 彼女とは、幼馴染で、隣国同士、遠い親戚もあって、生まれた時が一緒だった、その所為もあり、同じ年齢の、家柄も同じ位、隣国同士、そんなに仲も悪くはない、どうせなら、力を合わせて行こうという位の考えで親同士が決めた婚姻、いわゆる許嫁だった。

  


 幼いころは彼女に泣かされっぱなしだった。

 森で、山で、海で、川で、谷でありとあらゆる出先で、置いてけぼりにされたり、木の上に吊るされたり、沈められたり、流されたり、突き落されたり、そのたびゲラゲラ笑われて、バカにされていた。

 そんな感じで、どちらかと言えば、彼女の方が活発で、というか、活発を通り越しているのだが。


 かく言う王子はと言うと、学問が好きで、東洋哲学、西洋哲学をずっと研究できればと、異国の書物を読み漁っていた。

 いつかは、自分に彼女を守れるだけの力、いや、せめて身代わりが出来る位の度胸が欲しい。その一点だけだった。


 それは好きと言う感情だけでは言い表せない何かだった。


 そんなことを知ってか知らずか、家臣は、おくしてしまい、王子にこの先に進まないよう、どうにか引き留めようと、躍起やっきになっていた。

 が、王子はそれをかえりみず進もうとしていた。


 この時、まだ、知らなかった、一人また一人と、武器を置いて兵士が戦列から逃げて行っている事に。




【断崖の城の事】


 さあ、行きましょうと、控えていた腰元こしもとに声を掛け、龍に姿を変えたそれに二人はまたがった。


 体中のあちこちが筋肉痛で強張こわばっているのを、見止め。

 大丈夫か。

 と、眼帯を掛けた、お姉様と呼ばれている彼女が、お姫様に声を掛けた。


 その自分の状態を見られていることがまるで、昨夜の恥ずかしい所を見られているような、感覚になり途端に、顔が真っ赤になるのが分かった。


 上空高く舞い上がり、2.3度旋回し飛ぶ先を確認し龍は一度羽ばたくと、目標の峠に向けて滑空していった。


 龍の背中で姫は眼帯のお姉様を熱いまなざしで見ていた。

 この人なら、きっと私を牢獄から解放して、自由の身にしてくれると。

 何もかも、縛られ、息もできない様な毎日、あの日、この人と巡り合った時、自分の運命の輪が回り始めたと思った。


 あの日は、毎日の息の詰まる一日を破るため城を脱走した。

 龍の腰元に乗り、出来るだけ遠くへ、遠くへと。

 やがて、

 その場所が無法地区と分かったのは、悪名高い千羅刹女と、その名を名乗る女性が目の前に立ちはだかったからだ。


 自分自身の身分が相当なものだと、分かっているが故、この後どうなるか容易に想像できた。

 よくて、かどわかされ身代金と交換、悪ければ、高貴な者を好む変態共のなぐさみ者にと、國一つ買える位の金と交換されるか。

 いずれにしても只では済まない。


 抗った龍である腰元など一瞬で、動かなくなり、虫の息になってしまった。

 どうする事も出来ずただ、茫然としていよいよ、もう駄目だと覚悟を決めた、

 その時。


 このお姉様が、一陣の風の様にやって来て、一合、二合、と野太刀で、千羅刹女を弾き飛ばした。


 そこからは、尋常ではない野太刀とまさかりの撃剣となり、地面、立木、風、空間までもがその間合いにある物全て切り裂いていた。

 迂闊うかつに近づくことは死を意味する位の撃剣旋風げっけんせんぷうとなった。


 一刻後、

 最後の一撃、千羅刹女の鉞を砕いて戦闘不能とし、私を救ってくれた。

 たが、同時にお姉様の片目が持って行かれてしまった。

 その時から私は、この方の片目になろうと決心した。


 例え、不義密通と言われても。


 そう回想しているうちに、目指す峠が視界に入った。


【麓の村の峠入り口の事】


 さあ、貢物みつぎものはこのくらいでいいべ。


 大八車数台に、米俵やら、海産物や、絹の反物や、とにかくありとあらゆる貢物みつぎと呼ばれるほどの、お触れにあったように、領主様の婚姻に対するお祝い、貢物みつぎものを乗せるだけ乗せた。


 豪農ごうのうのお頭である、長い髪を後に結わい、着物をたくし上げ、着物の袖を、たすきで縛り上げ、そこいらの男衆が束になっても敵わない位の腕力、金太郎姫きんたろうひめと呼ばれる位の女傑じょけつがドンと俵の上に乗り、男衆数十人にその大八車を、都に向けて走り出して数刻。


 やっと、峠の入り口に差し掛かった。


 金太郎姫は、

 さっさと運びな、今日明日中にはこの峠を越えて、都の領主様の所に貢物を持って行くんだ、わしは、負けることと、遅い事は大っ嫌いじゃ、このあたりの村の誰より一番に着いて、一番の貢物を届けるんじゃ。

 負けたら、お前たち。

 只じゃ済まねえからな。

 と、腰に結わいていた、鞭を空高くしならせ、音高く弾き鳴らした。

 さあさ、何度も言わせんじゃねえ。


 男たちは、その鞭の恐ろしさを知ってか知らずか、また、慌てて走り出した。


 それを、大八車の俵の上で見下ろしながらゴロンと横になり、まさに大の字で高鼾たかいびきをかきながら眠りに落ちた。


 歳は十五、六の乙女なのだが。

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