第2話

思えば、両親にも苦労をかけた。

その時、母の手にはひどい皸(あかぎれ)があるのが目についた。

そう言えば、昨日もたくさんたまっていた食器を、時間をかけて洗っていた。

食器洗い機もあったが、かなり前から故障していた。

今は、何とか食器乾燥機の役割を果たしている程度だ。

それでも、買い換えられなかったは、ある事情からだった。

急にお金が必要になったからだ。

そう言えば、あの食器洗い機は、側面に大きなへこみがある。

そのことを思い出すと相当嫌な気分になる。



家を出てから、電車の中では入学してきたときのことをずっと思い出していた。


大学に入学してからしばらくは、毎日がとても新鮮だった。

あの頃は勉強一筋だった。

成績は学科でもトップクラスだった。

大学に行くのがすごく楽しかった。


毎日、授業が終わると、大学の図書館とコンピュータールームにこもって勉強した。

図書館でいつも顔を合わせる人がいた。

やがて、彼女と色んなことを話すようになった。

普段は真面目くさっていた私が、図書館でベラベラ喋って職員の人からよく注意された。

そのときは静かにしていたが、次の日にはまた元に戻っていた。

今思うと、注意されても聞く耳を持たなかった。


やがてその人は私のガールフレンドになっていた。

図書館でいつも会うことが、まるでデートのようだった。

彼女と一緒なら勉強することが楽しかった。

あの頃は全てが順調だった。

小市民に雷を落とすことが出来る立派な評論家になるという将来の夢は、絶対に叶うものだと信じていた。




気付くと、新幹線の前方にある電光掲示板に「まもなく京都」と映し出されていた。


新幹線が京都駅のプラットフォームに止まり、電車を下りる。

10年前の今日と同じように、一旦駅舎の北側にある広場に出る。

そこから、地下鉄の乗り場へ下りた。


私は京都市内の北部へ向かう地下鉄の乗り場に向かった。

両親は私とは反対の南側へ向かう地下鉄に乗り込んだ。

父の会社の同僚で、以前家族ぐるみで付き合いをしていた人が、今は京都に住んでいた。

その人と待ち合わせをしていたのだ。


地下鉄を乗り継ぎ、実学院正門前で降りた。

エスカレーターで地上に上がると、そこが既に大学のキャンパスになっている。

久々に自分の大学にやってきたのだ。

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