学び舎

鴨坂科楽

桂川

第1話

京都の桂川にかかる鉄橋を、新幹線が駆け抜けてゆく。

いつものように。

3月の寒い日だった。

私は新幹線の窓から外の景色を見ていた。

何度も見ている景色だ。

でも、何かが大きく違っている。


あれは10年前の今日だった。

地元愛媛から大学のある京都に移り住んだのは。

あの時も、両親と一緒に新幹線で来た。

今日と同じように。


明日は、実学院大学の卒業式だ。

私は文学部社会心理学科の所属である。

卒業まで10年もかかった。

普通は長くて8年までだが。


何年も前から京都には住んでいない。

久しぶりにやってきた。

今回大学に来たのは私にすれば、「卒業旅行」だ。

大学に入る前は、卒業旅行は海外に行くものだと思っていた。

叶わなかった。

しかも、地元から京都は中途半端に遠い。

日本一つまらない卒業旅行だ。


外を眺めると、川の流れはいつもと変わらない。

でも、何かが明らかに違っている気がする。

変わってしまったのは、自分の気持ちだと気付く。


そして思い出した。

あの頃の気持ちを。

何となく、未来を夢見ていたあの頃。

あの時は、この景色を見て、わくわくしていた。

これから起こることを想像し、ときめいていた。

そのあと待ち構えていた永く続く暗闇のことなど知るはずもなく。

今思うと、やり残したことはかなり多い。

そればかり目に付く。


大学を主席で卒業し、その後は東京か大阪の、新聞社か放送局か出版社に勤務。

やがては解説員としてテレビに登場する。

これが入学当初描いていたの卒業後の進路だった。


そう決意したのは、高校時代だった。

テレビという窓を通じて伝わってくる不真面目が蔓延した空気が許せないと感じていたからだ。

それは、政界や経済界の不祥事。

同年代、特に女子高生の言動。

いずれも、私にとっては不快で許しがたいものであった。


私は幼い頃から、真面目一筋との評判が高かった。

当時、私はそれがものすごく立派な生き方であると信じきっていた。

社会を解説する立場の人になりたい。

不真面目な人たちをこっぴどく非難し、改めさせたいと思っていた。


その夢は結局、叶うことがなかった。

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