第3章
**第3章:閻魔大王と仏の殺害**
釜茹での広間を後にし、石畳の通路をどれほど歩いただろうか。鼻を突く硫黄の臭いにも、亡者どもの断末魔にも慣れてきた頃、俺は巨大な扉の前に立っていた。扉は黒檀でできているのか、重々しく、表面には無数の髑髏が彫り込まれている。
「ふん、ここが閻魔の野郎の部屋か?」
独りごちて、扉に手をかける。触れた瞬間、扉は内側から爆ぜるように開き、俺の体は闇の中に吸い込まれた。
次に目を開けた時、俺は広大な空間に立っていた。見上げると、天井には巨大な天秤が吊り下げられ、片方の皿には羽毛が、もう片方の皿には人間の心臓らしきものが乗っている。…生前の行いを量る、とかいう奴か。趣味の悪い。
そして、その天秤の下、玉座に腰掛けているのが、閻魔大王なのだろう。赤い顔、燃えるような目、頭には角、手には笏。…絵本で見た通りの姿だ。ただし、絵本よりもずっと巨大で、威圧感がある。
「無礼者! そこになおれ!」
閻魔の声が、空間全体に響き渡る。その声は、雷鳴のようで、空気を震わせる。…だが、俺には、そんなものは通用しない。
「ハッ! 閻魔の野郎が、偉そうに」
俺は、閻魔を睨みつけながら、そう言った。
「貴様、何者だ! 地獄の鬼ですら、このような無礼は働かぬぞ!」
「俺は、神仏を殺すために来た」
「……何だと?」
閻魔の顔が、驚愕に歪む。…ああ、実に愉快だ。
「だから、神仏を殺す。お前も、その一人だ」
「貴様、正気か? 私が、地獄の王、閻魔大王だぞ!」
「知ったことか。さっさと、その首を差し出せ」
俺は、そう言うと、閻魔に向かって走り出した。
「愚か者め! 地獄の裁きを受けるがいい!」
閻魔は、笏を振り上げ、俺に向かって、炎を放った。…だが、そんなものは、俺には効かない。
俺は、炎を避けながら、閻魔に接近し、その腹に蹴りを入れた。閻魔の巨体が、大きく揺らぐ。
「ぐっ……!」
閻魔は、苦悶の表情を浮かべた。…ああ、実に面白い。
「どうした、閻魔。もう終わりか?」
俺は、閻魔を嘲笑いながら、そう言った。
「貴様……! 許さんぞ……!」
閻魔は、怒りに燃える目で、俺を睨みつけた。そして、笏から、さらに強力な炎を放った。
今度は、避けきれない。…だが、俺は、炎を正面から受け止めた。
「グオオオオオ!」
俺の体は、炎に包まれ、焼かれる。…だが、痛みは感じない。それどころか、力が湧いてくる。
「どうだ、閻魔。これが、俺の力だ!」
俺は、炎の中から、閻魔に向かって突進した。そして、その顔面に、拳を叩き込んだ。
閻魔の顔が、大きく歪む。…ああ、実に美しい。まるで、熟れた果実が潰れるようだ。
「これで、終わりだ、閻魔」
俺は、そう言うと、閻魔の首に手をかけた。そして、力いっぱい、握り潰した。
閻魔の首は、骨と肉が混ざり合い、ドロドロとした液体になった。…ああ、実に素晴らしい。まるで、芸術作品のようだ。
閻魔を殺した俺は、次なる標的を求めて、再び歩き出した。…次は、仏だ。
閻魔の広間を抜け、さらに奥へと進む。すると、光り輝く空間に出た。そこは、清浄な空気で満たされ、美しい花々が咲き乱れている。…地獄とは、まるで正反対の世界だ。
そして、その空間の中央、蓮の花の上に座っているのが、仏なのだろう。金色の体、穏やかな顔、目は閉じられている。…まるで、眠っているかのようだ。
「おい、仏。起きろ」
俺は、仏に声をかけた。だが、仏は、目を開けない。
「聞こえないのか? 俺が、お前を殺しに来たんだぞ」
俺は、さらに大声で言った。だが、仏は、微動だにしない。
「ふん、無駄な抵抗か」
俺は、そう言うと、仏に近づき、その胸に手を当てた。そして、力いっぱい、押し潰そうとした。
…だが、その時、仏の目が開いた。
「……」
仏は、静かに、俺を見つめている。その目は、慈悲に満ちているように見えた。
「なぜ、殺す?」
仏は、低い声で、そう尋ねた。その声は、優しく、穏やかだった。
「お前たちが、無意味な苦しみを与えるからだ」
「苦しみは、悟りへの道」
「戯言だ。苦しみは、ただの苦しみだ」
「……そうか」
仏は、静かに、そう言った。そして、再び、目を閉じた。
「ならば、殺せ」
仏は、そう言った。…まるで、全てを諦めたかのように。
「……」
俺は、仏の言葉に、戸惑いを覚えた。…なぜ、抵抗しない? なぜ、殺せと言う?
「どうした? 殺さないのか?」
仏は、再び、目を開け、俺に尋ねた。
「……殺すさ」
俺は、そう言うと、仏の胸に、再び手を当てた。そして、今度こそ、力いっぱい、押し潰した。
仏の体は、光の粒子となって、消え去った。…ああ、実に呆気ない。
仏を殺した俺は、虚無感に襲われた。…これで、終わりなのか? 俺の復讐は、これで終わったのか?
「……」
俺は、光り輝く空間を、呆然と見つめていた。…そこには、もう、何もなかった。
(神仏を殺した男は、何を得たのだろうか? 復讐は、彼に何をもたらしたのだろうか? そして、この物語は、どこへ向かうのだろうか?)
突如、背後から無数の気配。振り返ると甲冑に身を包んだ神々。
「よくぞ我らが同胞、閻魔と仏を屠った。褒美として更なる高みへ導いてやろう」
そう言った神々は俺を囲み、武器を構える。
俺はニヤリと笑い、腕を組み、言い放つ。
「八万神、全てを滅ぼす」
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