春の宵の奇跡

松見草 波

第1話

ある異常気象の年、私たちは夕暮れ時の花見を楽しんでいた。

今日ここに来たのは、本当に偶然で、花見をしたいと前々から話していたら、私が出るのにもたもたしてしまったので、一度来たことがあり、お出かけした気分になれそうで、ほど良く家から離れている、駐車場の位置もはっきりと覚えているこの場所で花見をすることになった。

桜は、そう川幅も広くない川沿いに3キロくらいにわたって植えてあった。以前にお昼時に来た時は、晴天に恵まれていたので、川沿いを散歩していたのだが、今は夕暮れ時で、人はそこそこいるものの、あまり長居をするような感じでもなかったので、適当に散策して花見を終えて帰ろうかなと思っていた。

ねぇ、ライトアップしているってネットに書いてあったけれど、ライトアップしなさそうだよねぇ。と連れにたずねると、

どこにもライトが装備されていないよ。と言われた。

サイトの表記を見間違ったのかな。と私が返事をすると、連れがまぁ、でも人込みはそこそこあるし、いいんじゃない。と答えてくれた。

連れはそんなに花見に興味はなかったが、私が行きたいと言い出したので、付き合ってくれたのであろう。だからそんなにこだわりもなかったようにみえる。

みて。レンギョウも生えているよ。薄暗がりでも黄色はパッと目立つんだね。

桜もこの時間帯で見ると、怪しげな雰囲気でこれはこれでいいかもしれないね。

等と話していたら、周りのカップルや家族連れなども、さほどきれいに桜を撮ることができないと思われる時間帯でも、あちこちでスマホで写真を撮っていて、私の感じていることも、それほど間違っているわけでもないであろうと思っていた。

現に、スマホで桜を撮ってみたら、人に送るほどではないものの、妖しい美しさを醸し出していた。

連れがふと、

みて、あそこで出店が出ているよ。というので見てみたら、花見客用のお店が開いていた。

察するに、店主は、おそらく私有地が川沿いにあるので、この時期に簡単な飲食物を出しているのであろう。

そのお店の前の桜だけ、軽くライトアップされていた。

サイトに書いてあったのって、このことなんじゃあ・・・と私が呟きながら歩いていくと、近くの女性が、綺麗!ライトアップされている~などと可愛い声を出しているので、やはりそうなのか。とやや戸惑いながらお店に行き、メニューをみると、いももちがあった。

2人でいももちを食べようと思っていたら、売り切れていて、おでんならあるとのこと。そこでおでんを買ったら、温かいこんにゃくに甘じょっぱい味噌がついているものを渡された。

この地域は、こういう物もおでんというのかもね?と話しながら、おでんにかぶりついた、2人で川沿いを歩いていると、何か強烈な焦げ臭さがただよってきた。

川のほとりをみると、建物が焼けた跡が見えて、私の心は締め付けられるように痛くなっていた。

これは、火事の焼け跡?

何かの会社かな?個人の家ではなさそうだね。

そういえば、つい2~3日前に桜並木の近くで、事業所が焼けたというニュースが流れていたよ。それはここだったのかな?亡くなった方はいなかったけれど、この景気で会社が火事になるというのも、気の毒な話だよね。

と2人で話しながらおでんをかじり、ふと対岸を見ると、誰かがこっちに向かって手を振っているのが見えた。

きっちゃん・・・私はそう呟いて、連れに慌てて、ごめん!これ持ってて!と言っておでんを渡した。

連れは、えっ!ちょっと!と困惑した顔をしていたが、口に味噌がついているぞ!と教えてくれた。

私はそれどころじゃない!と思いながらも、口を手の甲で拭き、慌てて近くにあった橋を渡って対岸の手を振っている人の所に駆け出していた。

慌てた様子で走ってきた私の顔を見て、きっちゃんも優しく微笑んでくれた。

どうしてここに・・・と私はきっちゃんにたずねた。

この土地は、きっちゃんは縁がない土地のはずだったからだ。

きっちゃんは、この時間帯はこっちに来やすいんだよ。それに、びっくりさせたかったから。

と言って、いたずらっぽく笑った。

確かにびっくりしたけれど・・・きっちゃんは、<<今までどうしていたの?>>と私がなんと言ったらよいかわからない顔でたずねると、笑いながら、うん、元気というわけではないけど、皆とあちらで仲良くやっているよ。と、答えてくれた。

きっちゃん、これは夢なの?会えてうれしいよ。あの時は何もできなくてごめんね。と私が涙をこらえながら言うと、そんな、気にしないでよ。なかなか会えないものね。今日は何日かわかる?と聞いてきた。

カレンダーないからわからない。連れに聞いてみるよ。と私が言うと、きっちゃんは自分はわかっているからいいよ。前によっちゃんに言った約束を思い出したんだ。と笑顔で答えた。

そして、

もういいんだよ。あれはよっちゃんのせいじゃないから、気にしないで。それと、皆にも同じように伝えておいてくれる?けっこう自分たちのことを思い出して後悔している人達がいるみたいなんだ。と私に優しく微笑みながら言った。

きっちゃん・・・ありがとう。あの時、私は引っ越した後だったから、何もできなくて本当にごめんね。皆にもそう言っておくね。と私は思わず泣きそうになり、言葉に詰まりながら、そう話していた。

よっちゃんの妹から借りていたピアスを返すね。借りっぱなしになっていたんで、妹が気にしていたんだ、と、きっちゃんが見覚えのある琉球ガラスでできたケラマブルー色の神秘的な輝きを放つピアスを私に渡してくれた。

えっ!?なんでここにあるの?と私が疑問に思い、妹のむっちゃんも来ているの?と聞くと、妹はこれないんだ、と、残念そうに言った。

そろそろ行かないと、と、きっちゃんはすっかりと春の宵色に染まった空を眺めて呟いていた。

ちょうどその時、後ろに連れの気配がして、私は思わず振り向いてしまった。

連れは、おでんの棒を持ったまま、私の後ろで立っていた。

お前、どうしたんだ。急に走り出して。と連れは、少し困惑した顔をしていた。

あ、紹介するね、と私は前を向いたが、きっちゃんの姿はもうどこにもなかった。

いくら目を凝らして、まばらになっている人々の中から探しても、やはり見つからなかった。

私は、悲しくなり、どうしたものか。と泣きそうになってしまった。

連れは、何かを察して、車に戻ろうか。と言ってくれたので、私はうつむきながらも、きっちゃんの姿を探しながら車に向かっていった。


    ⁂ * *⋆  *  ⁑ ⁂ * * ⋆  * ⁑


車に戻って、温かい飲み物を飲んで一息つき、私は連れに今日は何の日だっけ?とたずねた。

連れは、今日は4月1日だよ。となんでそんなことを聞くの?と言いたげな顔をしてこちらをみた。

私は、あー・・・と短く答えた。全て合点がいったのだった。

実はね、さっき、きっちゃんに会ったの。と私が言うと、連れは、怪訝な顔をして、え?と短く答えた。

それもそのはず。

きっちゃんは、数年前の火事でご家族と一緒に亡くなってしまったからであった。


火事は、警察の調べでは、おそらくきっちゃん家の火の不始末であろう。ということになった。

連れは、きっちゃんに会ったことはなかったけれど、話には聞いていたので、驚いたのであろう。

きっちゃんね。私がエイプリルフールできっちゃんをひっかけた時に、次のエイプリルフールは、私の事をひっかけ返すんだ~って笑いながら張り切っていたのね。でも翌年に私が引っ越しをしてしまって、その後に火事に巻き込まれたのよ。で、今日がエイプリルフールだったから、会いにきてくれたんだと思う。確かに驚いたけれど、面白いウソはついていないから、微妙なんだけれどね。

それでも私に会いにきてくれたんだね。かつては隣に住んでいたのに、当時はお互いに離れ離れになっちゃったのよ。火事の時にそばにいなくて、助けられなくて、引っ越していたことを後悔していた私の事も気が付いてくれていたんだね。今日は慰めてくれたから、きっちゃんの優しさはかわっていないんだな~と思う。と私が言うと、連れは少し考えていた。

ふと、宵の時間帯って、あちらとこちらの境目がなくなる時間らしいよ。逢魔が時ともいうよね。と短く呟いた。

そうだったんだ。

そうか、それでか。

火事の焼け跡もあったしね。

そういえば、きっちゃん家には、桜もレンギョウも植わっていたしね。今はすっかり暗くなっちゃったけれどね。さっきは、まさに宵の時間帯だったものね。私も何気にきっちゃんのことを思い出していたから、会いに来やすかったのかもしれない。実はさっき、あなたに紹介しようとしたら、そろそろ行かないと。と言って、きっちゃんがピアスを返していなくなっていたのは、きっちゃんのいるあちらの世界は、帰る門限みたいなものがあるのかも。

今度の命日に、きっちゃんと妹のむっちゃんの好物を持って行って皆とお墓参りに行こうかな。と私がいうと連れも、そうしてあげれば、そのきっちゃんという人も嬉しいんじゃないかな。と、言ったが、にわかには信じられないような何とも言いようのないような顔をしながらそう言った。


    ⁂ * *⋆  *  ⁑ ⁂ * * ⋆  * ⁑


車に戻った私は一息ついて、貸していたというピアスをハンドタオルに優しく包んでバックに入れていた。

そして、私達の乗った車はゆっくりと発進した。

景色がゆっくりと後ろに過ぎていく車窓から、再びきっちゃんが見えると良いなと思いながら外を眺めていたが、姿はなかった。

私は後ろ髪をひかれる思いでその場を後にした。

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