第6話 それはきっと、許されるワガママ

瘴気病――

それは、生物が瘴気に長時間触れることで発症する病のことを指す。

人間が罹患した場合の主な症状は、倦怠感や頭痛、食欲不振。ただ、深刻なレベルまで瘴気が浸食してくると、全身の皮膚がどす黒く変色し始める。この状態を放置すると、皮膚が腐り始め、最終的には死に至るのだとか。


軽度の症状の場合は、しばらく瘴気に触れずに清浄な空気を吸っていれば改善はするものの、症状は風邪などと大差ないため自分では気づくことができず、大抵の場合は深刻化してから発覚するケースがほとんどらしい。


フェルドのお母さんの場合はまさにそれで。

最初はただの体調不良だと思って気にも留めていなかったものの、腕に黒い斑点が出てきたことでようやく異常を感じ、王城に勤めるフェルドのもとに相談の連絡をしたことで瘴気病だと発覚したのだという。


「最初は、国も協力的だったんだ」

ぽつり、ぽつりと、フェルドは説明を続けた。


「僕と、騎士団数名とで視察団を組んで、村の様子を見にきて…だけど、空気の汚染具合も大したことはなくて。僕の母さん以外には特に症状は出ていない。客観的に見た村は平和そのものだった。だから、応急処置として村全体に聖水を撒いて……それで終わり。」

「え、お母さんの治療は?」

「医療設備のある首都に引っ越すことを勧められたよ。症状が出始めてすぐの状態だったから、医療院や教会の聖職者の扱う聖魔法でも症状の進行を止めることは可能だろうって」



「だけど母はここを離れたがらなくてね…」

やれやれ、とフェルドは肩をすくめる。

「最初に黒斑を確認してから既に月は2周してる。見ての通り瘴気病はどんどん進行しているし、ここまで進行してしまうと首都の最上位の聖職者を無理やり連れてきても完璧な治療は望めない」

「それで、私を…?」

「そう」


淡々と説明をするフェルドだけれど、家に上がる前までの申し訳なさそうな様子からして本当に苦渋の決断だったのだろうと思う。

言ってしまえばただの個人のワガママだし、職権というか、実力の乱用だ。

たまたま救いたい相手が自分の母親で、たまたまフェルド自身に聖女召喚を行うだけの魔力と実力があった――救う方法が分かっていて、そのために行動したワガママを誰が責められるもんか。


「巻き込んでしまったことは申し訳ないと思ってるよ」

フェルドの綺麗な指が、私の手を取る。

心なしか、その手が僅かに震えているように感じた。


「フェルド、あなたは…」

私だけでもフェルドの行いを肯定してあげたい。

そう思って声をかけた直後、ぐぐぐ、とフェルドの指に力がこもる。


「きっかけは個人的な事情だということは認める。けど…けどね、村が浸食されつつあるのは確かなんだ。このままだといずれ他の人たちも瘴気病にかかる可能性が高いし、下手すれば近隣の村にも広がって、国にとっての大損害にもなりかねない。だから早々に聖女を喚んで根本原因を断つべきだと言ったのに…あの石頭どもめ…」

話しながら何かを思い出して怒りがこみ上げたんだろうか。

早口でつらつらと言葉を発するとともに、美しい柳眉がひそめられ、眉間にしわが寄り、手の震えが増していく。


あれ、この震えってもしかして怒りの震えだった?


…それにしてもこの宮廷魔術師、顔をしかめてもイケメンとは一体どういうことなのか。

本当に誰か教えてほしい。

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宮廷魔術師さまの専属聖女になりまして アキラ @stellamia

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