第9話:君と読む手紙

スコップが土を削る音が響く。

夕暮れの小学校の校庭で、私と彼は黙々と地面を掘り返していた。


「本当に埋めた場所、ここで合ってるよな?」

「うん、確かこの木の根元だったはず……あっ!」


彼がスコップを止め、手を伸ばした。

地中から顔を出したのは、プラスチック製の小さなケース。


「懐かしい……ちゃんと残ってたんだね」


二人で埋めたタイムカプセル。

小学校卒業のとき、「30歳になったら開けよう」と約束して入れた手紙が入っている。


彼がケースの蓋を開けると、中には色あせた封筒が二通。

彼は私の名前の封筒を、私は彼の名前の封筒を手に取った。


「お互いに書いた手紙、読んでみようか」

「うん……」


封筒の表の文字は、長い年月で少し薄くなっていた。

でも、名前ははっきり読める。


私は懐かしい気持ちで、封を開けた。


「30歳のきみへ」


私は手紙の一行目を読んで、自然と微笑んだ。


『30歳になっても、お互い親友でいようね。』

『もしも久しぶりに会っても、今と同じように笑い合えるといいな。』

『でも、もしケンカしたり、連絡が途絶えたりしてても、この手紙を読んだら仲直りしよう。』

『いつかきみと、おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと仲良しでいられますように。』

『願いごと、ちゃんと叶えようね。』


私たちらしい、子どもっぽいけど素直な言葉。

彼が書いた手紙のはずなのに、なんだか自分の言葉みたいな気がする。


ふふっ、あの頃はずっと一緒にいたもんなあ。


彼もまた、自分の封筒を開き、手紙を読み始める。

そして、ぽつりと呟いた。


「……おまえ、こんなこと書いてたんだな」

「え?」


彼の視線が、手紙の最後の行に向けられる。

彼がゆっくりと読み上げた。


『30歳になってもお互い独身なら、結婚してください』


私はむせかけた。


「は!? 何それ!?」

「いや、だって……」


彼は恥ずかしそうに手紙を折りたたみ、そっぽを向いた。


(え、私がそんなこと書いたの!?)


記憶を必死にたどる。

確かに、当時彼のことが好きだった気がしないでもない。

でも、本当にそんなことを書いたっけ?

私は、少しだけ顔を伏せた。


それからというもの、彼の態度が明らかに変わった。


今まではただの親友だったのに、やたらと距離が近い。

会うたびに「せっかくだし、どこか行こう」とデートらしい誘いをしてくる。

昔はお互い遠慮なく言い合う関係だったのに、妙に優しい。


(手紙の影響……なのかな)


違和感はあったけど、彼と過ごす時間は楽しかった。


─────────────────────


ある日、彼がまっすぐな目で言った。


「真剣に考えてる。……俺と付き合ってほしい」


私は彼を見つめた。


突然の告白だったけれど、驚きはなかった。

彼の気持ちは、言葉にされる前から伝わっていたから。


「……うん。よろしくお願いします」


彼の顔が一気に綻ぶ。


─────────────────────


付き合い始めてしばらく経ったある日、私は手紙を見返した。


(あの時は驚いたけど、今読むと懐かしいな)


封筒を手に取ると、中に何かが残っていることに気づく。


「……ん?」


指を差し入れ、小さな紙の塊を取り出した。

手のひらに乗せて広げると、それは小さな折りたたまれた紙の星だった。


(え……これ、私が昔よく折ってたやつじゃん……?)


脳裏に、子どもの頃の記憶がよみがえる。


夜空を見ながら、二人でたくさん折った紙の星。

私は不器用で、彼のほうがきれいに折れていた。

だから、「これは私が頑張って折った星!」って大事に取っておいたはずで——。


(まさか……)


手紙の最後の一文に、目を奪われる。


『願いごと、ちゃんと叶えようね。』


これ、私が書いたんじゃ……?


まさか。

だって、私は彼の封筒を——


(……名前、ちゃんと読んだっけ?)


封筒の表の文字は、長い年月でかすれていた。

でも、名前だけははっきり読めたはずで——。


だけど、もしかして。

私は、最初から 自分の書いた手紙 を読んでいた?

でも、もうそれは些細なことだった。


手紙がどうであれ、私たちは今、こうして一緒にいる。

彼が「俺のことを好きだったなんて」と思い込んだのは勘違いだったかもしれない。

でも、結果として、私は彼を好きになっていたのだから。


私は折りたたまれた紙の星をそっと指でなぞった。


「願いごと、ちゃんと叶ったね」

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ツギハギノオト ウニぼうず @bafun-uni

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