第6話 デートの誘い

 「未確さんには、明日わたくしとデートに行っていただきますわ」


 「すごい急な話」


 「因みに拒否権はありませんわよ」


 晩飯の用意が出来たと言われたのでテーブルに座った。


 そんな俺を見て涼音は開口一番にデートの誘いだ。


 悪い気分はしないが、こうも笑顔で拒否権はないと言われると言いようの無い圧を感じる。


 「これはデートでもありますが、同時にアートの勉強でもありますので」


 キッチンからはぐつぐつと鍋の音が鳴る。

 その様子を見ながらタイマーを押した涼音は、ちょこんと前の席に座って2枚のチケットを取り出した。


 「っと、絵画展?」

 「えぇ。運のいいことに2枚手に入れることが出来ましたので」


 なるほど。

 つまり、これはデートのお誘いに見せかけたアートの勉強。


 この誘いを断るということは、ルール1【一週間に一度、アートの勉強】を破ることになるってわけだ。

 そうなれば俺の生活は詰む。


 拒否権が無いってのはそういうことか。


 「了解了解。でも俺、こう言うのあんま楽しめないタイプだけど大丈夫か?」


 「そこはご心配なく。デートに誘ったのは私ですもの、未確さんを確実に楽しませて差し上げますわ」


 涼音はそういうと、テキパキと料理を盛り付け、テーブルの上に置いた。


 さっきの問答といい、この家事のこなし具合といい、上品すぎて良い女なんだよなぁ。


 んでもって、出されたのはゴロゴロした肉が入ったビーフシチュー。


 めっちゃ美味しそう。


 「今日は未確さんがわたくしと同棲を始めた記念すべき日なので、腕によりをかけて作りましたわ」


 「めっちゃ良いいにおい。ここまでして貰えると嬉しくってつい躍っちゃいそうだぜ」


 「なんですのそれ。やっぱり面白い方ですわね」


 涼音は笑いながらそう言うと、どこからか紙エプロンを取り出した。


 「わたくしの実家では、紙エプロンをつけて食べるのがルールだったんですの」


 「へぇ。それはまた、なんて言うかお嬢様っぽい感じ。上品な感じがしていいね」


 俺のありきたりな褒め言葉に対して、涼音は微笑みを返すのみだった。


 そうして紙エプロンを広げてー


 って、あれ?


 どうして席を立って居るんです?

 どうして俺の後ろに回ってきたんです?

 どうして俺の首もとに紙エプロンを広げているんです??


 「ですので。失礼いたしますね」


 涼音は体を密着させながら紙エプロンを俺の首元に優しくつけ始めた。


 その瞬間、ふわりと香水の混ざった涼音の匂いが俺の鼻をくすぐるのだった。

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