第5話 俺の新しい部屋 / わたくしの秘密がこもった地下室

 「ここが未確みかくさんの部屋になりますわ。好きに使ってくださいね」


 結局、俺は涼音すずねの提案を受けることにした。

 そうして連れてこられたのは町のはずれにある白い一軒家だった。

 

 『絵を描く用の別荘ですので小さいですけども』とか言ってたけどとんでもない。

 2階建てで地下もあるって普通に豪華なんだよなぁ。


 「わたくしは用事がありますので、夜まではゆっくりしてくださいまし。今月分のお金は机の上にありますので昼は好きなものを食べてください」


 「おうよ。それじゃぁ今日はゆっくりさせてもらうわ」


 涼音すずねにっこりと笑顔を浮かべた後、どこかへ行ってしまった。

 俺は机の上の封筒を開け、中身を確認しながらベッドにダイブする。


 「さて……これからの事を考えないといけないな」


 まず、この生活は絶対に維持させる。

 そもそも俺って面倒な事は嫌いだし、炎上してから人生詰んでたぐらいだし。


 「ま、ちょっと涼音すずねの言動が怖いのは気になるが」


 あって数分話しただけではあるが、俺には分かる。

 機嫌損ねたら何しだすか分からないメンヘラ気質のお嬢様だ。


 でもさぁ……金もくれて住むところもくれておまけに美人だぜ??

 これもう同棲一択っしょ。


 「ま、それに誰かに好かれるのは嫌いじゃねぇしな」


 こうなったら腹くくってルールを順守しよう。

 何、難しい話じゃない。


 涼音すずねからアートの話を聞いて、涼音すずね以外の人間と話さなきゃ良いだけだ。


 『未確みかくにぃはさ、基本的にズレてるんだよ。そのズレがあまりに大きくなったから、私はもう未確みかくにぃと一緒に居たくないんだよ』


 碌でもない事を思い出しちまった。

 嫌なもんだねぇ、脳って奴は不都合な記憶しか覚えてくれない。


 ま、もうあの時に知り合いなんてほとんど居なくなったんだ。


 「涼音すずね以外の人間に目移りしないだけで良いなんて楽勝だぜ」


 そう考えてポジティブにいこう。



 『涼音すずね以外の人間に目移りしないだけで良いなんて楽勝だぜ』


 あらかじめ部屋に仕込んでいた盗聴器から未確みかくさんの声を聞いている。

 あぁ、なんて頼もしい殿方でしょう。

 

 わたくしの話を聞いて怖がる事もせず、むしろ楽勝と声を上げてくれている。

 やっぱりあなたは他の人とは違う。


 わたくしのアートを完成させてくれる人間であり、わたくしの脳を焼いてくれた唯一の人。


 「いつかこの地下室も、未確みかくさんに見せるときが来るかもしれないですわね」


 この別荘を作った時、地下室を作るのは決定事項だった。

 今のわたくしを作ってくれた物を補完するための場所が欲しかった。


 こじんまりとした地下室には大きなモニターが一つ。

 そこには未確みかくさんが【配信者UFO】として活動していた頃の配信データを何度も再生している。


 そしてこの部屋にはもう一つ、大切な宝物がある。

 大きな額縁に飾られた一枚の絵。


 青いバラを描いたその絵の中心には、コーヒーで汚されたシミがデカデカとはびこっている。


 「やっと、貴方の完成形を作ることが出来ますわ……それまで此処でわたくしを見守ってくださいね」


 その汚れたバラの絵にそっと手を添えながら、わたくしは今後の展開について独り言をつぶやいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る