第三話

「……だから、あの時一体何を言いかけたんだよ!?」

「嫌よ、教えてあげなーい」


 同じ事をもう一週間も訊き続ける多佳くんにウンザリしつつ、あたしはダンボール箱を開けていった。うわー、こんな懐かしいモノまで入ってたのかァ、と、あたしは半ば呆れながら今まで開けられなかったその箱の中身を整理していく。

 ……あの時、多佳くんの携帯端末が鳴らなかったら……今こうやって手伝ってもらおうなんて考えられなかっただろうなぁ。隊長先輩のナイスタイミングには感謝するやら恨むやら。

 一度決意したものを言いそびれると、どうしても言い難くて。

 結局、まだ伝えられてはいなくて……。

 これじゃ、まだ暫くは言えなさそうだわ。


「ん? おいユギ」

「え、今度はなに?」


 参考書なんかの勉強道具類の整理をお願いされていた多佳くんが、不意にニヤニヤと嬉しそうにあたしを呼ぶ。家でお気に入りだった動物スリッパ(ちなみにゴリラ。垂れた瞼が可愛い)をパタパタ言わせながらその傍らに寄ったあたしは、

 なんて言うか――――驚くべきものを、見た。

「……あ……」


 お気に入りの写真。

 あたしのアルバム。

 昔、お母さんが編んでくれたマフラー。

 妹がくれた、クレヨン書きの感謝状。


 大事なもの。大事だったもの。


 ちゃんとちゃんと、一緒に送ってくれたんだ。

 大好きなCDも、お気に入りのポプリも。

 たくさんたくさん。

 たくさんたくさん。

 あたしは、大事なものをずっとここに閉じこめちゃってたんだ。

 早く帰ってきなさいっていう手紙。

 ああ、そっか。

 厄介払いじゃなかったのかな、もしかして。

 どうしたらいいか判らなかったのかな、あたしみたいに。


 あたし、過去のモノを閉じ込めながら……

 間抜けにも、お母さん達の優しさも閉じ込めてたみたい……。


( あ )


 手紙の入っていたダンボールの中に、お父さん愛用の膝掛けが入っていた。……ちょっとわかりにくい字で、『風邪をひくな』なんて書いてある。真夏なのに、おかしいの。おかしいぐらいの優しさしか、詰め込めなかったみたいに。

 お父さんの字。

 ……気付くとあたしは、一度も電話すらしていない。手紙なんか書いてもいない。この二か月、ただ逃亡生活に涙して喜んでばかりいた気がする。残された家族の事なんて一切考えないで。何か考えてくれての決断だったなんて、思いもしなくて。ただ邪魔者を追い出しただけだと――思い込んでいただけで。

 本当に驚いた時って、

 なんの反応も……出来ないんだなぁ……。


 あ、情けないわねあたしったら。もしかして今泣きそうになってるのかしら、きっとそうよね。うわー、情けないやら恥ずかしいやらだわ、多佳くんの前ではもう泣かないって決めてたのに。

 もう、多佳くんには情けないところを見せないって決めてたはずなのに……。


「ユギ」

「え?」


 多佳くんは無言で自分の携帯端末を差し出した。別にここはあたしのアパートだから、ちょっと手を伸ばせば受話器に手が届くのだけれど、いつだったか多佳くんがあたしの部屋からメンバーに連絡網を回したことを覚えていたので、素直に受け取る。……これで、貸し借りゼロなんだからね。間違っても『貸し一』、なんて思わないでよ?

 ピ、ピ、って音が鳴る。最後のボタンを押す瞬間にちょっとだけ躊躇って――――

 その瞬間、ポンっと多佳くんが背中を叩いてくれた。緊張した目で見る。

 多佳くんは、笑っていた。がんばれ、って言ってくれた。

 あたしは、震える指で最後のボタンを押す。

 ピルルルル、ピルルルル…音が鳴る。あー、自分の家に電話かけるのは一体何ヶ月ぶりなのかしら?

 ……ごめんね。

 親不孝で。


「多佳くん」

「ん?」

「あたし、君のこと好きだから」

「あ――――あぁあぁあっ!?」


 多佳くんが何か言う直前に、回線が繋がる。なーんにも言わせずに、あたしはそのまま会話に移った。


『もしもし、竜宮寺です』

「あ、お母さん?」


 長い長い課題は今やっと終わりを見つけたのかもしれない。

 あたしは死にたくなかった。だから動けなかった。

 でもあたしは悪くなかった。あたしは悪者じゃなかった。それだけは確か。

 間は悪かったかもしれないけれど、それだけだった。

 ――――だからもう、何も怖くない。

 いろんなコトを吹っ切るために出された課題は、


 やっと――――提出できた。



「なんだ、竜宮寺女史はPPS辞めちゃったのか」

「向いてないし足手まといになるって言ってね。客観的に自分を観測できる、そーゆー所も好きだったんだけど、残念ながらにゃー。まあ怪我しないうちでよかったと思っておくしかないにょ」

「それでも毎日多佳くんと帰るのは変わらないんだけどにゃー。教室前で待ってるの、青春って感じで可愛いのよこれが」

「事件の最中でも一番安心安全なのは多佳先輩の傍でィすしねえ。そういう意味では間違った選択はしていないと思うのでィすよ。学校中で噂にはなってまァすが。あの土御門に彼女が!? って」

「あはは、それはまたそれで争いの種になりそうだね」

「まったくでィす。多佳先輩迷惑。前髪切ったら余計に顔がはっきり見えるようになってファン増えてィるし」

「おかげで土御門通信の売り上げは爆上がりだけどにゃー」

「持つべきものは良い金蔓だにょー」

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