第18話

公園には、誰もいなかった。

過去の記憶では、この公園は同年代のどもたちのたまり場でシーソーやらジャングルジムなどの遊具を取り合って喧嘩したり、一緒に砂場で遊んでいるうちに知らない子と仲良くなったり……とにかく世界で一番賑やかな場所だった。

久しぶりにきた公園は遊具も減っていて、カラフルだった鉄棒や滑り台も塗装が剥げて、錆付いている。

寂しさと懐かしさの混じった複雑な感情。

大きく見えたあの公園は、こんなに小さかったっけ。

しかし老いた公園とは裏腹に、桜の木は若々しい青い葉をつけ、じきにやってくる夏を凛としたまま待っているようだった。


「ブランコ乗ろう」


メイは無邪気に微笑むとブランコの方へと駆けて行く。座面に座ると、子どものように楽しそうに漕ぎ出す。

俺も隣のブランコに腰を掛ける。

ギシギシと鉄の軋む音がした。


「結構古くなっちゃったよね」


「そうだね」


公園の劣化をメイはあんまり気にしていないようだった。


「創ちゃん、漕がないの?」


メイは大きくブランコを漕ぎながら俺に尋ねてくる。


「俺も漕ぐと壊れそう」


「そんなことないよ。大丈夫だよ」


本当か?

少し疑わしいが、楽しそうにブランコをこぐメイを見ると、一緒にやりたくなってくる。


「よーし!」


俺は地面を蹴ってブランコを揺らした。

うまく体重を移動させて速度を上げて行く。

ブランコを漕ぐなんて何年ぶりだろう。でも、リズムよくうまく漕ぐ方法を体が覚えていた。頭上では、鉄が軋む音が響く。

頬に当たる風が気持ちいい。

ふと横を見ると、メイは漕ぐことをやめて無表情でまっすぐに遠くの一点を見つめていた。

メイの視線の先を追う。そこには、さびれた公衆トイレがあった。

なんでトイレなんか見ているんだろう?不思議に思いながら、視線をメイの横顔に戻すと、無感情に見えるその目が潤んでいるようだった。


「メイ……?」


俺が声をかけるとメイはハッとして俺の方を向き、いつものように微笑んで見せた。


「なに創ちゃん?」


いつもと変わらない、パッと花が咲いたようなメイの笑顔。


「ううん。なんでもない」


メイは、俺の顔をじっと見つめた。


「……何も聞かないんだね」


少し目を伏せて、トーンの低い声でメイはつぶやいた。

憂いを帯びたその顔も、やっぱり綺麗だった。


「聞いていいの?」


俺がそう尋ねると、メイはあははと笑った。


「学校サボったの、初めて?」


はぐらかすように、メイはそう尋ねる。


「うん」


俺は正直に答えた。

授業を真面目に受けたことはないが、学校を抜け出すようなことまではしたことがない。

それほどまでの理由もなかったから。


「意外と真面目なんだね、創ちゃんは」


「成績は学年最下位だけどね」


俺がそう言うと、メイはまたケラケラと笑った。


「もう上しかないよ!」


「そんなポジティブにとらえらんないよ」


「あはは」


明るく見えるメイの姿。

でも、それはきっと本当の姿じゃない。


「……メイも、初めてでしょ?サボるの」


そう尋ねると、メイは大きく首を横に振った。


「ううん」


「え?」


「初めてじゃないよ。私、サボリ魔だもん」


意外だ。メイは真面目だから、学校をサボるだなんて想像ができない。

……俺のことをからかっているだけかもしれない。


「でも、学校を途中で抜けてくるのは初めてかも」


「?」


「サボりたいときはいつも、寄り道をしてわざと遅刻して行くの」


「それ本当?」


若干疑いを持ちながら聞くが、メイはコクンと大きく頷く。


「うん。本当だよ」


嘘にも本当にも聞こえた。本当なのか、からかっているだけなのかわからなかった。


「先生に怒られないの?」


「怒られないよ。言い訳がいっぱいあるから」


「言い訳?」


メイは手の指を折りながら言い訳の数を数え始めた。


「例えば、道に迷っているおばあさんの道案内をしてたとか……弱った捨て猫を病院に連れていってた、とか」


メイなら確かにそんな理由で遅れてきても違和感はなさそううだ。

メイの優しさに、教師たちも感動して許してしまうことだろう。


「全部、嘘なんだけどね」


「え?」


メイは空を見上げながら、目を細めて笑った。

その笑顔が少し怖いと、俺は思った。


「おばあさんに道案内なんてしてないし、捨て猫を助けたりもしてない。ただ、何も考えずに隣町まで歩いてみたり、こんな風に公園でブランコに乗りながらぼーっとしているだけ」


「……ちょっとびっくり」


「どうして?」


不敵な笑顔を浮かべながら首を傾げるメイ。


「意外だったから」


俺がそう言うと、メイはケラケラと笑った。


「みんな信じちゃうの。私が、嘘なんてつくわけないって思ってるから。みんなね」


そう言って立ち上がったメイ。逆光でその表情は読み取れなかった。


「メ……」


「創ちゃん」


俺がメイの名前を呼ぶのをかき消すように、メイは力強く、俺の名を呼んだ。


「どうしたの?」


ふーっと息を吐き、メイは振り向いた。


「創ちゃんは、私のこと好きなんだよね?」


「えっ、わっ、えっ!」


いきなりの質問にうろたえる俺をメイは真剣な眼差しで見つめる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る