第17話
「朝倉先生に対して好戦的だな……あいつ」
「だから、補習受けさせられてるんじゃないか?」
弘と悟史が悠々と教室を出て行った勇者の後を見つめていると、パタパタと廊下を誰かが走ってくる音が響いた。その足音は一年三組の教室の前で止まり、勢いよく扉が開かれた。クラス中の生徒の目が一気に扉に集中する。
そこに立っていたのは、上級生である倉賀芽衣子だった。芽衣子は頬を紅潮させ息をあげながら教室中を見渡し、誰かを探している。
「倉賀先輩?」
「なんで一年の教室に……」
芽衣子が悟史と弘の二人に気がついて、駆け寄ってくる。
「あのっ、創ちゃんといつも一緒にいる子たちだよね?」
ぐいっと、芽衣子は二人の顔を交互に見つめる。
「へっ、あっ、はい。そうですけど」
弘は、思わず後ずさりをした。
「どうしたんですか?」
冷静に悟史は尋ねる。
「えっと……っ、は、創ちゃん、どこ行ったか知らない?」
走ってきたからなのか、息が上がっていて、少し言葉に詰まりながら話す芽衣子の姿に悟史は目を細めた。
「創なら、今さっきトイレに」
悟史は芽衣子の顔を直視しないように少し視線をずらしながらそう答えた。
「……そっか。ありがとう!」
にこりと芽衣子は悟史に微笑む。
「いっ、いえ」
パタパタと小走りで教室を出ていく芽衣子。
その後ろ姿をぼーっと見つめる悟史の頬を弘がつつく。
「おい。しっかりしろ」
「ハッ」
弘に頬を突かれて、悟史は我に返った。
「なんか顔、赤らめてたな」
と、弘。
「そうだな」
と、悟史。
「息、あがってたな」
「そうだな」
「至近距離ではじめてみたかも」
「俺も、半径五十センチ以内は未踏だった」
二人は先程まで芽衣子のいた場所をぼんやりと見つめ沈黙した。
「創の気持ち……わかった」
しばらくの沈黙のあと、ぼそりと悟史がつぶやく。
「あれは……天使だ」
弘も悟史の言葉に大きく頷く。
「……」
「……」
「いい匂いしたな」
と、弘が先ほどまで芽衣子のいた空間の匂いを吸い込む。
「なんのシャンプー使ってるんだろうな」
と、悟史はぼんやりつぶやいた。
「さぁ?創なら知ってるんじゃね?」
「あー、知ってるな。確実に知ってる」
「あとで聞いて見るか」
「だな」
「『さくら髪』よ」
二人のやりとりをいつから聞いていたのか、突然会話に入ってきたのは、クラス委員長の市川だった。
今日も眼鏡をキラリと輝かせている。
「い、市川さんいたの?!」
弘は反射的に姿勢を正す。
「さっきからずっとここに座ってたけど?」
その言葉通り、彼女は自分の席に朝からずっと座っていた。
「気づかなかった……」
小声でつぶやく弘。
「てか、さくらって?」
悟史が市川に先程の単語を尋ねる。
「『さくら髪』。倉賀先輩のシャンプー」
市川はなぜか得意げに腕を組む。
「マジ?よく知ってるね」
弘は少し興奮気味に市川を讃えるように小さく拍手した。
「だって、私も同じシャンプーだもの」
さりげなく髪を搔き上げる市川。
「「あ、そうなんだ……」」
2人が真顔で言ったセリフをかき消すように、チャイムが鳴り響いた。
鼻歌を歌いながら手を洗っていると、トイレのドアが勢いよく開いた。
そんなに焦っているのか?漏れそうなのか?
入口から入ってきた人物を見て俺は目を疑った。
「メ、メイ!?」
男子トイレの入り口に見えたのは、少し髪の乱れたメイの姿だった。
「創ちゃん!」
「え?ここ、男子トイレだけど!」
俺の言葉を聞きもせず、メイは堂々とトイレに侵入してくる。
そして、なぜか息が上がっている。
「サボろう」
「え?」
メイが発した言葉の意味が一瞬理解できず、問い直す。
「一緒に、授業サボろう」
そう言ったメイの顔は今までにないほど真剣で、冗談で言っているわけではないのだとすぐにわかった。
「いいよ」
俺は何も聞かず、この後のことなんかも全く考えず、そう返事した。
授業開始のチャイムを聴きながら俺たちは、鞄も持たず校門を出る。
これから硬い椅子に座って、真面目に授業を受けるクラスメイトたちのことを考えると少し悪いと思うが、その背徳感もなんだかワクワクした。
「どこに行くの?」
少し先を歩き出していたメイに尋ねる。
「どこへでも」
メイは振り返らずに答えた。
早歩きでメイに追いつき、その横顔を覗く。
俺の視線に気づくと、メイはニコリと笑った。
「創ちゃんはどこに行きたい?」
「うーん」
学校をサボって、行きたい場所か……。
「遊園地とか?」
「あはは!遠いよ」
メイは花が水を弾くように笑った。
確かに、遊園地はちょっと遠いか。
「じゃあ、公園」
「公園?」
メイが首を傾げる。
「そう、小学生の頃よく一緒に遊んだ公園」
「あー」
メイは、なにか考えるかのように宙を見つめた。
春は桜が咲いていて、花びらの絨毯が敷かれたようになる公園。
そこで小さい頃は、よくメイと花びらを紙吹雪のようにかけあって遊んだ。
中学生になってからは、ほとんど遊びに行くこともなくなったけれど、俺にとっては楽しい思い出の場所だ。
「いいよ。行こう」
メイは微笑んで、俺の手を取ると無邪気に走り出した。
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