第19話

「うん。好きだよ。気持ちは変わってない」


俺の答えを聞いてメイは、少し寂しそうに微笑んだ。


「……でも、今すぐメイとどうにかなろうだなんて思ってない。こうして告白した後も変わらない態度で接してくれて嬉しいって思ってるし、このままでも幸せだなって」


それが本心だった。メイとこうして一緒に居られるだけで、俺には十分すぎるくらいの幸せなんだ。


「……そっか」


「もちろん、メイがその気になってくれれば俺はいつでもウェルカムだけどね」


真剣な空気に気恥ずかしさを感じて、少しおどけて見せた。

バカな俺でもわかっていた。今、メイは俺と付き合うことを望んでいない。

メイは、優しく微笑んでブランコに座りなおした。


「創ちゃんは、どうして私のこと好きになったの?」


「どうしてって……わかんないよ、そんなの」


小さい頃から、メイのことしか見ていなかった。だから、いつ、どんなきっかけでメイを好きになったかなんて覚えていない。それぐらいずっと長い間、メイだけを好きだった。今もこれからも変わらずに。


「じゃあ、私のどこが好きなの?」


「それもうまく説明できないよ。それに恥ずかしいし」


「見た目?」


食い気味にメイは鋭く尋ねた。


「え?」


「私の見た目が好きなの?それとも中身?」


真剣……というよりは、まるで刺されそうなほど鋭く攻撃的なメイの視線。


「……メイ?」


「昔読んだ絵本でね。こんな話があったの」


メイは、息を吸い込むとゆっくり語り始めた。


「女の子に羽が生えるお話。裕福なおうちに生まれたその女の子はお人形さんみたいに可愛らしい容姿をしていていつも明るく、町中の人気ものだった」


おとぎ話を読み聞かせてくれるような優しい声だ。


「女の子は生まれた時から町中の人に愛され、なにも苦労なんてしなかった。でも、ある日。その女の子に嫉妬した森の醜い魔女が女の子に呪いをかけるの。すると女の子の腰あたりから小さな白い羽がはえた。呪われたことを知らない女の子や町中の人ははじめこそ、それが神秘的なものだと……天使の羽根だと。女の子をもてはやした。でも時間が経つにつれ、その羽はどんどん大きくなっていく、そうして女の子は気づいた。羽が成長するたびに自分の身体が小さくなっていることを」


メイは両手を結び祈るように額に当て、目を閉じていた。

肩は小刻みに震えている。


「天使の羽根が美しく優雅に成長していくのとは反対に女の子の身体は、みるみるうちに痩せて、骨と皮だけが残ったミイラのように醜くなっていった。……そうすると町の人々は手のひらを返したように女の子を忌み嫌うようになった。両親も醜い我が子を隠すために女の子を部屋に閉じこめた」


ゆっくりと目を開けメイはまた、まっすぐ視線の先にある公衆トイレを見つめた。


「……女の子は部屋の中で考えるの。なぜ、自分が愛されなくなったのか。そして、気づくの。自分が愛されていたのは自分が可愛かったから。それだけだったんだって。その子がその子であることは変わらない。それなのに、そのはずなのに、誰も醜くなった彼女を愛さなくなった。つまり、町の人々は『その子』という人間を見てなんていなかった。その子の形をした『なにか』を、愛でていたの」


俺は息をするのも忘れてメイの語るおとぎ話に聞き入っていた。

息を吐いて、メイはゆっくりと空を見上げる。


「その絵本を読んだ夜、すごく怖かった。私も、もし生まれた場所や姿が違ったなら、誰からも愛されなくなるんじゃないかって」


そう語るメイの瞳には光がなかった。

俺はなんだかメイが怖くなって、わざと明るい声を出す。


「そんなことないよ!メイは容姿ももちろんいいけど、それだけじゃないもん。俺は中身も含めてメイという人間が大好きだよ!」


俺の言葉を聞いても、メイの目は変わらなかった。ずっと公衆トイレを見つめ続けている。


「……じゃあ創ちゃんは、もし、私に天使の羽根がはえて、その羽に肉も臓器もすべて吸収されて、私が皮や骨だけになっても、醜くなっても。……それでも、私のことを好きだと言える?」


「言えるよ」


俺は答えた。

本心を。


「……」


メイはうつむいた。

そのまま、こちらを見ようとはしなかった。


「だってメイは、メイだもん。姿形が変わったって、そんなの関係ないよ」


「じゃあ私が町の人たちに復讐するって言ったら、手伝ってくれる?」


「え?」


突然のことに思わず聞き返す。メイはゆっくりと顔を上げた。


「なんてね。嘘だよ」


そう言って、天使のように可愛らしく微笑んだ。


「メイ?」


「いじわるなこと言ってごめんね。……学校帰ろっか」


メイは、ブランコから立ち上がるとスタスタと公園の出口へと歩いて行く。

何か、何かを言わないと。俺はそんな気がして、なんとか言葉を紡ぎだそうとする。


「メイ!俺は……」


何も思い浮かばない。

メイは俺がどんな言葉をかけるのを望んでいる?


「ありがとう。もう、いいよ。嘘なんだから」


立ち止まり、メイは俺に向かってそんな言葉を投げかけた。

ぽつん、と。頭皮に冷たいものが落ちてきた。

ふと、空を見上げると空は晴れているのに雨が降ってきていた。


「お天気雨だよ。ほら、はやく帰ろう創ちゃん。今日は二人ぶんの言い訳を考えないとね。でも、朝倉先生を騙すのは少し骨が折れるかも……あの人は嘘を見抜くのが上手だから」

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