第13話

園内カフェで、花びらの浮いたおしゃれな紅茶を嗜みながらメイが明かした事実に俺は驚きを隠せなかった。


「合唱部……やめたの?」


「うん」


いったいどうして?あんなに楽しそうだったのに。

去年のコンクールでもメイは、ひときわ輝いていた。コンクールの前には、入念に喉のケアをしていたし、部活が終わってからでも発声練習を自主的にしていた。


「合唱って、みんなでつくるものだから」


メイは目を伏せながらそう言った。

どう言う意味だろう?俺の頭には二つの可能性が浮かんだ。

まず、メイが仲間に失望した。という意味。これは、可能性が低い。

だって、メイは自分より後ろを歩く人を見捨てて走ったりなんかしないから。どんなにゆっくりでも、その人自身が諦めていない限り、メイは立ち止まり、振り返って手を引くだろう。

俺にそうしてくれたように。

なら、もう一つの理由。


「部活、いけなかったから?」


「……」


メイは、一瞬の間を置いて紅茶を一口すすった。


「これからも、いけないかもしれないから?」


「そう」


メイは微笑みでも憂いでもない表情で、はっきりと俺の言葉を肯定した。


「集団で創り上げるものっていうのはね、一人でも不安定な人がいると全員に伝染するの。そして、共倒れする」


メイはいつになく真面目な顔だ。


「でも、不安定な人を支え合うのが仲間なんじゃないの?」


俺の言葉に、メイはふと顔を上げた。そして微笑む。それは優しい微笑みだったが、哀れむような微笑みでもあった。


「仲間……ならね」


「え?どういうこと?」


「創ちゃんは意地悪だなー」


突然、そんなこと言われても。

メイは、話はこれで終わりだと言わんばかりに、ぐいっと紅茶を飲み干した。

そして、いつもの天使のような笑顔でニコッと無邪気に笑った。


「帰ろう。創ちゃん」


メイに促され立ち上がろうとした時、軽快なマリンバの着信音が響いた。


「あ、俺だ」


スマホの画面を確認すると、知らない番号だった。


「誰?」


メイが、ヒョイっと横から俺のスマホの画面を覗き込む。


「知らない」


「でてあげたら?」


「うん」


俺とメイは再び席に座りなおした。


「もしもし?」


緊張気味に応答すると、『おーう』と気だるげで間の抜けた声が返ってきた。

たった一言発しただけで、すぐに誰だかわかる。これはある意味、一種の能力ではないだろうか?


「何の用?まさか牽制?」


不機嫌をたっぷり乗せた声を電話の向こう側にいる朝倉先生へと届ける。


『なんだ牽制って』


「なんでもないでーす」


まさか教師が生徒のデートを牽制するためだけに電話するなんてことは、ありえない。

それぐらい、学年最下位の頭でもわかる!

それにしても、俺の携帯にかけてきたのは朝倉先生のプライベート用の携帯だろうか?

だとしたら、朝倉先生のプライベートナンバーを知ったということだ。

これは朝倉先生親衛隊こと『アサクラガールズ』に高く売れるんじゃないか?


『ロクデモナイこと考えてるんじゃないだろうなー?』


「電話越しでも読心術使えるの?」


『お前限定でな』


なんてこった。


「てか、何の用事?わざわざ携帯にかけてくるなんて」


こっちは、デート中だというのに。

メイの方を見ると、こちらのことは気にしていない様子で、窓の外の花々をぼんやりと眺めていた。


『あのなー、大変重大で残念なお知らせがあるんだー』


間延びした声のせいで、重大さを微塵も感じない。


「なにー?」


朝倉先生の口調を真似て返事する。ほんのちょっとだけバカにしたつもりはあった。ほんのちょっとだけ。


『お前、追試だー』


「へ?」


朝倉先生の言っていることが、一瞬理解できなかった。中間試験には追試なんてなかったはずだ。


『普通は学期末試験の結果が出てから追試決まるんだけどな。お前の場合、過去最低の成績の悪さだからなー。特別処置だ』


は?は!はああ?


「いやいやいや!特別処置とかいらないから!」


てか、過去最低の成績の悪さって……。創立60年の歴史上で?


『ま、そういうことだ。補習の日程だがー』


「待って待って!補習もあるの?」


俺の慌てぶりに、メイは首を傾げている。


『当たり前だろー。何も対策しないで二回目の成績が上がるわけないだろー』


地獄だ。

せっかく試験が終わって、羽を伸ばせると思ったのに。


「で……?補習はいつ?」


『明日の朝6時から』


「明日!?しかも朝6時!?」


『伝え忘れてたから、急いで連絡したんだ』


なるほどそういうことか。いや、そのまま忘れててくれたらよかったのに。


『ちなみに俺と個人レッスンだー』


「うわっ。吐く」


『どういう意味だー?』


「ごめん。つい本音が」


『本音かよ』


「まあ、わかったよ。明日ね。……サボろ」


『聞こえてんぞー』


ブチっ。

と、電話を切った。


「誰だったの?」


メイが尋ねる。


「朝倉先生」


俺の答えに、メイの眉がピクリと動いた気がした。


「そうなんだ。なんて?」


「俺の中間テストの成績が歴史上、類を見ないほど素晴らしかったから特別補習だってさ」


メイは唖然として、そのあとすぐ笑った。


「しかも、朝倉先生とマンツーマンだよ?地獄じゃん」


「きっと、大切な生徒だからだよ」


「そうかな?」


逆だよ、絶対。


「そう。誰一人として取り残したくないんだよ。朝倉先生は」


「ふーん」


「優しいんだよ」


メイが朝倉先生のことを語る様子はどことなく嬉しそうだった。

追試の知らせとあいまって俺の心のモヤモヤはより濃度を増すばかりだ。

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