第12話

メイと植物園デートの日がやってきた。

空は雲ひとつない快晴で、絶好の野外デート日和だ。神様は俺に優しい。

外へ出ると、5月なのにもう夏の気配を感じる。俺は着るつもりだった上着を一枚脱いで行くことにした。

お隣のメイの家のインターホンを鳴らすと、

「はーい」と可愛らしい返事とともに、玄関からメイのような天使が現れた。

薄いピンク色のノースリーブワンピース。所々にリボンの飾りや、花の刺繍があしらわれている。


「かわいい?」


そう言って玄関先でくるっと回転してみせるメイ。


「世界一」


かわいいに決まってるじゃないか!


「あはは。大袈裟だな創ちゃん。このワンピースおろしたてなんだ」


俺とのデートのために、新しいワンピースを買ったというのか!

しかも、スカート丈は膝上だ。随分攻めているじゃないか!!


「お父さんが、先週ロシアから送ってくれたの」


……なんだ、あの親父の趣味か。

ニマニマした倉賀父の顔が脳裏に浮かんだので、頭を振って全力で振り払う。

倉賀父は娘を溺愛している。

俺に娘を取られそうなことに勘付いてからは、どうやら俺に対して敵対心を持っているらしい。

俺の恋路を邪魔しようとする倉賀父のことは、俺も嫌いだ。ケッ!

まぁ、ともあれ!こんなかわいいメイと一緒に植物園を歩けるのだ。今日だけは倉賀父に感謝だ。



俺たちは、電車を乗り継いで隣町の広大な敷地で有名な植物園へとたどり着いた。二ヶ月前にオープンしたばかりだそうで、子ども連れの家族や、老夫婦がいっぱいいた。やっぱり、俺たちみたいな、若い男女は少ないらしい。

そりゃあ、そうだ。俺だって、デートといえばテーマパークや映画館を思い浮かべる。

でも、いいじゃないか。自然に彩られた中での青春の一幕というのも!

園の門をくぐると、目の前に大きな噴水があった。

その周りには、色とりどりの花が咲く、綺麗に手入れされた花壇。

さらに奥へ進むと、紫陽花のゲートが立派に立ち構えていた。様々な紫陽花を眺めながら長いゲートをくぐる。

メイはひとつひとつ観察して、時にはそっと触れたりした。

俺たちは仲良く言葉を交わしながら、園内を隅々まで巡っていった。

温室の熱帯植物は全体的にサイズが大きくて、頭上を見上げれば人間5人は余裕で包めてしまいそうな葉が覆い茂っていた。小さい蟻になった気分だねって、メイは笑っていた。

俺たちよりも大きな生物が突然この草むらを踏み抜いてきたらどうしよう、なんて空想しては一人で勝手に不安になっている俺をよそに、メイはラフレシアのホルマリン漬けを興味深そうに眺めていた。

さなざまな場所を巡ったが、その中でもバラ園はひときわ綺麗だった。

まるで不思議の国に迷い込んだような気分。


「バラだけでも、こんなに種類があるんだね」


バラ園で楽しそうにはしゃぐメイは、無邪気な御伽話のアリスのようだ。


「白薔薇を赤く塗るトランプ兵がいたら、完璧だね」


俺がそう言うと、メイはくすくすと笑った。


「創ちゃん、意外と頭の中はファンタジーで溢れてるんだね」


「まあね」


「創ちゃんは、昔からお花好きだったよね」


メイが、意外なことを言う。


「え?俺が?」


「そうだよ。幼稚園の頃は、よく一人で花壇の花の世話してたじゃない」


「あー、そういえば」


そんなこともあった気がする。

俺も昔は引っ込み思案で、クラスメイトに仲間に入れてって言う勇気がなくて……それで、いつも一人で花壇をいじっていたんだ。

そうしたら……


「メイが友達になろうって、言ってくれたんだよね」


「そうそう!で、私の卒園のプレゼントに押し花の栞作ってくれたの。覚えてる?」


「……あー、なんとなく覚えてる」


「私は、鮮明に覚えてるよ」


「すごいな。メイは」


俺は、恥ずかしかったし、忘れかけていたのに。


「だって、すごく嬉しかったから」


メイは満開の花のように笑った。


「……」


その笑顔に見惚れてしまって、一瞬言葉を失う。


「今日はありがとう。創ちゃん」


「え?」


「連れてきてくれて」


「うん。……喜んでもらえてよかった」


本当に、心からそう思う。メイが笑顔でいられること、それを見られることが、俺の一番の幸せだ。


……たとえ、この先メイが俺じゃない誰かを選んだとしても。


「えへへ。久しぶりだね。創ちゃんとこうやってどこかに遊びに来るのって」


「そういえば、そうだね」


「去年は創ちゃんが受験生だったし」


「一昨年はメイが受験生だったもんね」


「あははっ。そうだった」


そうだ。こんなにお互いが気楽な状態でのお出かけは久しぶりだ。


「来年はまたメイが受験生だ」


そして2年後には俺が受験生。

お互いが気楽な気分でいられるの今年だけ。

この一年は、いっぱい遊びたいな。


「わかんないよ」


メイがクスッと笑った。


「え?」


「私、大学行かないかもしれないし」


予想していなかった言葉に驚く。


「メイ、大学受験しないの?」


「さぁ?」


飄々とした様子でごまかされる。


「もったいないよ。せっかくメイは成績いいのに」


「もったいない?」


メイはピタリと歩みを止めた。


「うん」


「もったいない……か」


少しだけうつむいて、メイは俺の言葉を反芻する。


「私は、望んでないんだけどなぁ」


「……え?」


「私が持ってるものは……私が欲しいものじゃない」


小さい声で、確かにそう言ったメイの表情は、憂いをおびていた。

こんなメイの顔、今まで見たことない。


「メイ……?」


俺がどう言葉をかけたらいいのか迷っていると、メイは既にパッと表情を切り替えていた。


「少し休憩しよ?園内にカフェがあるって書いてあった」


メイは暗くなりかけた空気を追い払うように、笑顔でそう言うと俺の手をとって走り出した。

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