第35話 タカキとキヨコ

「それで帰ってくるしかなかったってわけ」



 タバコの煙を吐き出しながらキヨコは言った。



「ああ、なにも出来なかった.....」



 俺は言う。


 俺はリーゼを失い、どうすれば良いのかまるで分からず元禄まで戻ってきていた。


 俺が入るなり店は臨時休業になり、数少ない客は全員出て行ってしまった。店にはまだ宴の名残がテーブルの上に並んでいる。



「すまない、お店営業してたのに」


「良いのよ、一人で帰ってきたあんたの顔見たらそれどころじゃないのは分かったから」


「そんなにひどい顔だったのか」


「ええ、この世の終わりみたいな顔だった」



 自分で分かってないだけで、俺は今相当な表情をしているらしい。仕方ない、リーゼを奪われたのだ。とてもニコニコ笑う気になんかなれない。出された冷ややっこにもまるで箸が伸びない。



「俺はこれからどうしたら良いんだ。どうすればリーゼを助けられるんだ。どうすればあいつらを止められるんだ」


「そうね、相手が相手だものね。リーゼまでどうにか出来るんじゃ、とても敵う相手じゃないわ」


「でも、あいつを助けたいんだ。どうにかして、あいつらから解放したい。油断さえしなきゃリーゼがあいつらに負けるわけない」


「それはそうでしょうね」


「どうすればリーゼを助けられるんだ」



 とにかく、なんとかしてリーゼを助け出さなくてはならない。でなくては、このままでは里ヶ伊たちが計画を進行してしまう。



「里ヶ伊とメドゥーサを倒して、それから次元牢を開放させる。それしかないでしょうね」



 キヨコは言った。



「リーゼは自分で出ることは不可能なのか」


「不可能ね。次元牢は王族でさえ封じられる魔界でも絶対の牢獄。リーゼ一人では出る術はないわ」


「なるほど。じゃあ、あいつらをぶっ飛ばせば」


「できるの?」



 しかし、俺の言葉にキヨコはそう返した。できるの? そう聞かれると.....。



「大丈夫だ。俺だって魔族を何体か倒してる。不可能じゃない」


「そうね、不可能ではないかもしれない。話によれば里ヶ伊のデモゴルゴン化はまだ不完全みたいだし、メドゥーサもリーゼとの戦いで深手を負ってるでしょう。向こうの戦力は落ちてる。でも、それでも相手は上級魔族と神。勝ち目は薄いと思うわよ」


「じゃ、じゃあ、リーゼを見捨てろっていうのか? あいつらの暴走を放っとけって言うのか?」



 そんなこと認められるものか。リーゼは良い奴だ。あいつは俺を下僕呼ばわりするがなんだかんだ一緒に居て楽しかった。なんとか助け出さなくてはならない。


 それに、里ヶ伊たちを放ってはおけない。このままではこの街が滅んでしまう。この街の人がみんな死んでしまう。



「この街の普通の人たちを見殺しにしろっていうのか?」


「......普通の人たち、そうね。間違いなく普通に生きる人たちね。でも、あなたの命には代えられないんじゃない? だって、あなたはリーゼに巻き込まれただけ。いわば被害者よ。自分を守ってもそれは罪ではないと思うわ」


「そんな馬鹿な。普通の人たちは守られないとダメだ。普通の人たちがただ死んでいくなんて、それを放っておくなんて出来ない」


「.......あなた、自分が歪んでるって分かってる?」


「なんだと?」



 キヨコの言葉に俺は戸惑った。歪んでいる? 俺が? 街を生きる普通の人たちを守りたいという俺が? それはそんなに変なことなのか?



「あなた、自分をどうでも良いと思ってるでしょう」


「そんなことはないさ。俺だって命は惜しい。でも仕方ないだろ。今は俺しか居ない。俺しかこの状況に立ち向かえるやつはいない。俺がやるしかないじゃないか。あんたは関わらないんだろう?」



 そうだ。今この局面で動けるのは俺しか居ない。だったら、俺が動くしかないんだ。普通の人たちを守れるのは俺だけなんだから。


 ここまでの雰囲気でどうもキヨコがこの件に干渉しようとしてないことはなんとなく感じられる。キヨコはあくまでリーゼに依頼されて俺たちを手助けしていただけだ。ここからは契約圏外。自分の身を守ることに徹するつもりなんだろう。俺の言葉に黙って煙草をふかしているのがその証拠だ。


 だから、蛮勇で、無鉄砲でしかないのかもしれないけど。それでも俺がやるしかないじゃないか。俺はそんなに変なことは言っていないはずだ。



「あなた、少しおかしいわよ、やっぱり」



 キヨコはしかし、そう言った。そして、それ以上は言わなかった。



「俺は里ヶ伊たちを止めに行く。それでリーゼを助ける。俺がやるしかない」


「分かったわ、止めはしたんだけど。それでも行くのね。でも、先に言った通りあなただけじゃ戦力不足。どうしようもないわよ」


「それはそうなんだけど」



 確かにやるだけやってみるつもりだが勝算があるのかと言われば限りなく低いのか。


 でも、リーゼが生きてる限り俺は死なないのだ。なら、その不死身を利用して、どうにか。



「特攻しても勝てないわよ。多分あなたの心が砕けるのが先」


「考えが読めるのか? あんた」


「思いつく戦術なんかそれくらいしかないでしょあんたには」



 まぁ、確かに。誰でもそれくらいは読み取れるのか。我ながら単純な人間だと思う。


 キヨコはため息をひとつ吐いた。



「仕方ないわね。あなた、私と取引する?」


「う、魔族の取引ってろくでもないだろ」



 それはリーゼとの契約で理解しているところだった。



「実はリーゼを開放する方法はあるの。正直あなたがそこまでする必要があるとは私には思えなかったから、あなたのためにあなたが諦めないかと期待したんだけど無駄だった。あなたが相応の見返りをくれるならその手段を提供するけど」


「相応の見返りってのは?」



 そこが一番重要だった。



「それは全部終わってから考えるわ。あなたの働き次第。どう? 怖い?」



 キヨコは厳しい顔だった。いつものようにアンニュイな雰囲気だが目がまるで笑っていない。煙を吐き出す口元までどこか怖かった。


 だが、それキヨコ以外に頼れるものはなさそうだった。



「分かった。その取引を受ける。どうすれば良いんだ」



 俺の言葉にキヨコは厨房から何かを取り出し俺の前に置いた。



「これを持っていきなさい」



 俺の前に置かれたもの、それはコップに入った黒いビー玉だった。



「ふむ、私か」



 俺たちとつい数時間前に街をめちゃくちゃにする戦いをした張本人は言った。

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