9回目の同窓会
重力加速度
【KAC20254】
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
目を開けると見慣れた天井が見える。私は左胸にそっと手を置いた。心臓は一定のリズムを刻み続けている。流れるリズムから、自分の中に流れる命を確認した。
私はぼやけた天井を見つめる。メガネをかけていないと、全てが曖昧に見えるものだ。しかし9回目の夢のことは、ハッキリと頭の中に残っていた。
この夢ではいつも、かつての親友が現れる。彼女とは中学一年生の時に出会った。部活が一緒だったのだ。彼女は優しく、真面目な子だった。誰が見ても尊敬に値する子である。私は優しい人間ではないので、彼女の行動一つ一つが眩しく思えた。それは夢の中でも同じである。
彼女と私の共通点は部活だけではない。それぞれのクラスで学級代表を務めていた。ただ私たちの通っていた中学校は、あまりにも大きな問題を抱えていたのである。
学級崩壊。それが全クラスで発生した。もはや学年崩壊である。授業は成り立たず、休み時間も物が飛び交う。どんなに大人しくしていても、何らかの飛び火を食らう。そんな状況が当たり前になっていた。私はいつも苦々しい気分でいた。こうなったのは騒がしい連中のせいなのだと、私は信じて疑わなかった。ある日私はそのことについて、彼女に同意を得ようと話題を振った。しかし、彼女の答えは予想と違った。
「私の力不足で、クラスがめちゃくちゃになってしまった。どうすれば、本来の姿に戻るかな」
何という責任感だろうと、私は大層感動した。しかし同時に、彼女のことが心配になった。学級崩壊の原因に、彼女の力不足云々は全く関係無いはずである。しかし彼女は更に言葉を続けた。
「声をかけてあげれば……きっと、今うるさくしている人たちも分かってくれると思う」
私は何となく胸の奥がピリッとした。その時私は、自分がとっくに現状を変えるための希望を失っていると気づいた。私が欲しいのは「きっと」や「思う」のような曖昧な言葉ではない。そんなものにすがっても、意味が無いと諦めていた。しかしこの時、彼女のように優しい人なら、私と違って何か変えられるのかと期待した。
ところが数か月後、彼女は学校を休むようになった。次の日も、その次の日も。私は、部活や学級代表の集まりに行く度に、ぽつんと空いた席を眺めていた。やがて彼女の不在が日常になりつつあった頃、先生からある事実を告げられた。
「彼女は病気で、しばらく学校には来られません」
何の病気かなど、そんなことはどうでも良かった。私にとっては、彼女が身体を壊すほど思い詰めたという事実だけで最悪の気分だった。
優しいあの子は病に倒れて、優しくない私は死んだ目で学校に通っている。悩みの元凶は今日も元気いっぱいで、私はこの現実が心底憎かった。彼女は時々学校に来たが、会う度に痩せていくのが目に見える。やがて彼女は、学校に全く来なくなってしまった。私は怒りの波を心臓にぶち当てながら、荒んだ環境で己を律するしかなかった。それでも、教室で騒がしい連中が視界に入る度に、心の中で叫んでいた。
「どうしてお前らが居座って、あの子はここに居ないのか。邪魔するだけならさっさと帰れ!!」
どのような境遇でも、時は無常に流れていく。
中学を卒業して以降、彼女とは全く会っていない。夢でしか会えなくなった。夢の中の彼女は、出会った頃の眩しい笑顔を見せてくれる。私は嬉しくて、彼女にもっと近づこうとする。しかし彼女の手に届く直前で、いつも目が覚める。夢の中では笑ってくれるだけで、話すことも、触れることも出来なかった。それは9回全て同じだった。
もっと他愛のない話をしたかった。もっと一緒に部活をやりたかった。もっと遊びに行きたかった。様々な願望が私の身体を駆け巡る。これらを叶えるには、過去に戻るしかない。でも、あの環境に戻りたいとは思わない。私はどうしようもない虚しさを抱えて、今日も天井を見つめるしかなかった。
私はむくりと身体を起こして、枕元に置いていたメガネをかけた。私は今日、大学院を修了する。数週間後には社会人である。
彼女と出会ってから、多くの時間が流れていった。私は高校で新しい友達を作り、大学では研究の楽しさを覚えた。そして今は、大学院で研究に打ち込んだ日々が記憶の大半を占めている。それでも時折、彼女のことをふと思い出す。思い出す度に、私は心の中で一つ呟いた。
10回目は無くて良いから、彼女がどこかで元気に生きていますように。
9回目の同窓会 重力加速度 @may_dragon0809
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