第4話 激突

京介の踏み込みは電光のようだった。数馬の一瞬の隙を見逃さず火の出るような面が一直線に数馬を捉える。

(もらった)

京介が確信したその時、ふわりと横にずれた低い姿勢から数馬の杖が一瞬早く京介の喉を突いた。吉川流の「雷電」だ。しかし浅い。

仰け反る京介が踏ん張って、辛くも杖を叩き落とすと、その瞬間斜に返された杖は京介の耳元でブン!と鳴る。京介は飛び退くが杖は伸びて来てバシッ!と京介の側頭部に入った。京介は堪らずグラリとして片足を着いた。


「横面あり!」


15代目の声が道場に響くと道場生が一斉にどよめく。

(あんなに早い「龍尾返し」初めてみた)と青子は思った。好敵手を得て数馬の技が進化していると感じていた。


「クッ!」


膝を着いたままの京介は数馬を改めて見直す。石火の返し。しかも当たる刹那手の内を締めて手加減までされたのが分かった。それでも頭がクラクラする。


「んんん、これほどの技か、吉川流」


京介の顔から血の気が引く、数馬の杖は、全く間合いが読めない上に、頭を打つと同時に尻尾が襲ってくる生き物のようだった。しかも逃げても伸びてくる。数馬はゆっくり開始線に戻り何事もなかったかのように立っている。


「まだ、やりますか」

見上げた数馬は静かに言う。


京介は作戦を変えて向かうことにした。


「お願いします」


開始線に戻って今度は青眼に構える。一本を狙っても打ち取れる相手ではないのはよく分かった。ならば、次は細々と早い連続技で追い詰めたらいいのではないかと考えた。


京介は流れるように木刀で数馬の小手を狙いコンパクトに打ち込む。数馬は体を捻り、杖を横に払ってこれを防いだ。


道場生たちは息を呑んで見守っている。先程までの騒がしさは嘘のように静まり返り、張り詰めた空気だけが満ちていた。


二人の間合いは近い。京介は休むことなく、突き、払い、打ち込みと矢継ぎ早に連続技を繰り出し、数馬の反撃を許さない。京介の踏み込みの速さと、懐に入ってからの技の連なりは目にも止まらぬ速さだ。数馬は一瞬たりとも気を抜けない。


防戦一方に見えるが、数馬もただ受けているだけではない。相手の動きを冷静に見極め、僅かな隙を窺っている。何合か打ち合い、数馬の杖が真下から掬い上げるように京介のアゴを襲い。バシン!という音と共に京介は倒れた。


「止め!」


吉川流秘技「伏龍」だった。これで、二本目も数馬が取った。


倒れた京介は動かなかった。

気を失ってしまったらしい。


「誰か彼を私の部屋へ運んで頭と頸を冷やしてあげなさい。後で私も行く」15代目の指示で京介は15代目の和室へ運ばれた。


「それから数馬、最後の一手はやられたな。お前も指を冷やしなさい。あれが真剣ならお前の小指は落ちている」と言って自分の部屋に戻った。


京介もまた只者ではない。

京介の木刀は顎を撃ち抜かれる直前、数馬の小指を引掛けていた。自分の負けと引き換えに数馬の小指を切り落としに掛かっていたのだ。

なにも面や胴を狙うだけが剣術ではない。頸の付け根の頸動脈や小指一本切り落としても真剣なら負けではない。15代目に言われた通り数馬の小指はみるみる腫れ上がっていた。これから数日は使い物にならないだろう。


道場生から歓声が上がり数馬に皆が駆け寄ろうとするのを手で制止して数馬は一人開始線に戻り倒れている京介に礼をした。




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