第5話 見えざる一手

試合が終わり道場生も帰った静かな道場に、まだ興奮が冷めない圭吾と青子はいた。


「勝ったね数馬くん!あんな強そうな奴に勝つなんて、凄すぎるわ」圭吾が興奮して言った。


「僕は剣と杖だっけ、あんな試合って初めて見たよ。正直、どっちが勝ってるかも分かんないからさ。ビュンビュンカンカン凄い音がするし、二人を見てるだけで本当に怖かったよ。隅っこで見てただけなのにね」


「青子は分かるんでしょう?」


「うん、大体はね。でも半分ね。

最初は神谷さん数馬のこと呑んで掛かっていたの。自分の剣の速さにそうとう自信があったのね。実際打ち込みは早かったし、私ならやられていたと思うわ」


「…」


「でも数馬の強さは異常だから。流石にその後彼も作戦を変えてきた。杖使いなら皆が、嫌がるやり方だったと思うよ」


「どういうこと?」


「つまりね、杖は竹刀の柄みたいなものもないでしょ。だから、鋭い小手などの手元を狙った攻撃を間合いを潰して攻撃してきた」


「あれだけ鋭い連続の打ち込みだと、反応するだけで精一杯だと思う。それともう一つ」


「なにかあるんだ」


「あれだけシャープで強い連続技を受けるとね。杖に必ず傷が付く。それは致命的な痛手になるのよ。何故かというと、杖は突くにしろ守るにしろスライドして使うの」


「あ!」


「そうなの、杖は傷がつくと技が出せなくなる。だから数馬も楽に勝った訳ではないのよ、敵はそれも計算ずくで攻撃していたと思うわ。見ていてつくづく怖い相手だった」


「何で数馬は勝てたんだろう」



「それはね、相手が自分の有利をほんの少し認めた時、つまりこの攻撃は有効だと思った瞬間に吉川流の秘技「伏龍」が決まったの。真下から杖を跳ね上げてアゴを狙う技よ。最初の打ち合いでも、中盤の打ち合いでも一度も見せていない動きよ。数馬は早い攻撃に押されている格好をわざと作って、真下から放った「伏龍」でアゴを捉えたの。伏龍はその名の通り真下からくる攻撃で相手から見えないの。特に至近距離で打ち合っていたら自分の剣の影で見えない。恐らく神谷さんが気が付いたときは意識が飛んでたと思うわ。そういう技を「嵌め手」というの。吉川流には、私も知らないそういう嵌め手が数多くあると聞いているわ」


「何か解説してもらうと余計数馬の怖さが分かるな。鳥肌立ってきた。敵にしたくない奴だ」


「そうね、私も久しぶりに数馬の怖さを見せつけられたわ。気が付いたか分からないけど、神谷さんの攻撃が一段コンパクトで早くなったとき、数馬が笑ったのよ。コレは全力を出していい相手に当たったと喜んだのね。」


「神谷さんはどうしてるの?」


「うん、彼は先代の部屋で小一時間ほど寝ていたけど気が付いたらもういなくなっていたわ」


「そう」


「いなくなったということは、無事だった証拠だね」


「そうね、数馬も部屋から出てくる様子はないし、しばらくはほっとくしかないわね」


「それがいいかも」


青子は責任感の強さからこうして勝負がついた後も何かあったときのために残っている。


それは、圭吾の知らない青子の姿だった。

道着姿の青子が生徒に稽古をつけているところも今日初めてみた。


「何だか知らないことだらけだ」

と圭吾は呟いた。


「ん?何て言ったの?」


「いや、何でもないよ」


圭吾と青子を残したまま、夕闇が道場に降りてきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る