第3話 道場破り
木戸を抜けて道場玄関に着くと、端正な顔立ちの青年が立っていた。目が鋭く鍛え上げた身体が服の上からでも分かる。手にした布袋の中身は木刀だろう。
「お待たせした。当道場の道主吉川です」と数馬が挨拶をすると
「神谷京介と申します。ご高名に惹かれ、一手道主にご教示いただきたく参りました」と丁寧に礼をした。
(随分時代がかった奴だな)
数馬は内心少し可笑しかったが、もし圭吾から「明日道場に強い敵が一人で乗り込んでくる」と聞いていなかったなら、この男に好意すら持っただろう。
「承知しました。ご期待に添えるか分かりませんが、上がって道着に着替えて下さい。道場でお待ちしています」と言って踵を返した。後ろで聞いていた案内の内弟子たちが、顔を見合わせて驚く。
道場破りらしい者が来たというので皆が騒ぎ出した。
「16代目は、道主になって間がない。勝負がどうなろうとあの男は只では帰さない」と息巻く古参もいる。
白い道着の青子が
「皆落ち着きなさい。むやみに騒がぬことです」とその場をピシャリと収めた。
防具を着けて京介が道場に現れ「稽古止め」の声が響くと道場生達は一斉に壁際に下がり正座した。いつ潜り込んだのか圭吾も端に座っている。上座の師範席に端座する数馬の背中に鹿島と香取の掛け軸が風でわずかに揺れた。道場は50畳ほどの広さがあり道場としては狭くはない。
京介は、奥の神前に深く礼をして道場内に入った。
「一振りの日本刀のようだ」
と数馬は思った。隙も奢りもない。よく鍛えられた日本刀のような美しさがこの男にはある。これなら確かに強いだろう。
「神谷さんの獲物はその木刀か」
と数馬が訊くと
「そうです」
と応えたので、道場生達がまたざわめく。
「そうか、承知した。では始めるか」
数馬の獲物は樫の木で出来た杖だ。防具に守られていたとしても只ではすまない。他流試合で不具者となったものなど日本の歴史上いくらでもいる。何故平然と事を進めるのか。どちらも負けるつもりがないのだろう。しかしどちらかは負ける。そのどちらかは酷いことになるだろう。道場にいた誰もがそう思った。だが、数馬を止められる者などそこにはいなかった。
すると庭にいた15代目、引退した数馬の父が、ゆっくりと腰を叩きながら道場に上がってきた。皆一斉に礼をする。大先生が若を止めてくれると皆が思った。15代目は、「賑やかで結構なことだ」と笑い
「神谷君と言ったね。一人で来られるとは殊勝な心掛けだ。見たところだいぶ鍛えておられるようだ。うちの息子は無作法で申し訳ない。流派も聞かないでお相手する無礼はない。流派は何かね」
「小芝一刀流です」
「そうか、名のある流派だ。当道場に来ていただき礼をいいます。この試合、老骨で申し訳ないが私が見聞役をしよう。勝負は三本でいいかね」
「お任せします」
京介のよく通る声が道場に響いた。
数馬は、使い慣れた杖を持って立つ。二人は面を着け開始線で蹲踞した。
「はじめ!!」
二人は飛び退いて間合いを取った。
数馬の杖の長さは、4尺2寸1分(128cm)京介の木刀は、3尺3寸5分(102cm)どちらも定寸である。
京介は上段に構える。
「さすがは一人で乗り込んでくるだけの事はある、火のような気魂だ」と数馬はゆっくり左に回りながら思う。
一方で数馬を見下ろす京介も内心驚く、自分の目に真っ直ぐ向けられた杖の長さが全く分からない。正中線を狙い杖が点にしか見えない。ただ気迫で頭を押えていた。
「勝負は一瞬で決まる」
二人は自分の獲物が相手に届く間合ギリギリで20分ほど睨み合った。ただ睨みあっているように見えてそうではない。脅したりすかしたりしてお互いが相手の手の内を読み合っている。二人共他流とやるのに先に攻めないのは経験からくるものだ。余程の実力差がない限り後の先を取るのは他流試合の鉄則である。が、いずれその時は来る。
このまま膠着状態が、続くかと思われたとき京介が火の出るような面を撃った。
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