11. 名前



「1番の目的のさ、永遠についてなんだけど。私、そういう魔法子を作ればいいんじゃないかなって思ったの」


「それで?」


「魔法子の法則性を探してみたい。あと、やりたいことならまだあるよ。聖教国、行ってないじゃん」


「どっちも、手伝うよ」


「あと、街だって作りたいし。やっぱ、昨日考えたけど。統制機構にいた頃が1番楽しかったから……そういうの、作りたい」


 熱海は昨日泣いてから、少しだけ前の明るさを取り戻したように思う。少しだけ、だが。もしかしたら、俺もなのだろうか。


「何が1番最初にやりたい?」


「街作り」


「じゃあ、早速統制機構の一員が捨てたらしい街まで転移……できない、のか。軍をまず抜けないといけないんだ。それか申請だけど……通るかな。はぁ、あの契約マジで……」


 軍に入る時、勝手に他国に移住するなよっていう内容の魔法契約をさせられたんだ。観光とかならいいんだが、それが判定されるのって行動じゃなくて魔法契約による意思読み取りだし、別の所に住みたいと思いながらここを出るのは危ないだろう。……あの時はまだ回避の方法を持ってなかったからな。


「まあ、アヴァロスをああしたのは私達だってことくらい伝わってるだろうし申請すれば通るんじゃない?」


「……それもそうか。じゃあ帝国の首都、えーと……カルドレアか。カルドレアに行きますか……」


「アヴァロスは超未来な感じの街だったけど、カルドレアは異世界の都市っぽい感じなのかな」


「ああ、そうかもな。……とりあえず転移するか?」


「おkー」


 不必要なのに同時転移の時手を繋ぐ癖は、相変わらずだな。


  §


「……で、この街の軍の建物は……あっちか」


 カルドレアに着いた途端にスキャン魔法を行使して、それが特殊な結界によって弾かれた場所に俺達は転移した。


「誰ですか?」


「あー、俺が足立でこっちが熱海、アヴァロスを襲撃したんだけど……」


「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」


…………もしかして、まだ俺達に監視が付いてたりするのか?


 会議室のような場所に通され、待たされる。こういう建物の中は現代的なのか。転生者をいいように使ってるのかな。


「…………お前ら、なあ。何勝手に行動してんだよ、俺まで怒られたじゃねえか」


 俺達が軍に入隊した頃、俺達の上官だった人だ。


「でも帝国から来たとか言わなかったですし、証拠なんて当然無いし、これで王国が攻めてくるってことないと思いますけど」


「そりゃそうだが……はぁ。上は相当お怒りだぞ、アイツら心配性だからな……」


「クビなら解放されて嬉しいし罰は適当に避ければいいし、別に良いじゃないですか。最悪契約破って逃げて代償受ければいいし」


「……お前はいつまで経っても変わらないな」


 そうやって俺達が話していると、明らかに偉いですよって感じの人が入って来たから、俺達は椅子から立ち上がった。


「お前らがここを辞めたがっているのは分かるが、除隊は認めんし移住許可も出さん」


 開口一番にそれかよ。


「つまり私達に勝てる自信があると?」


「そうだ。だが、王国を徹底的に整地するのを手伝いさえすれば認めてやらんこともない、と伝えに来た」


「……分かりました。では先に、条件について話し合いましょう。それをしないことには私達も了承できませんから」


 どの立場かは情報の漏洩を防ぐ為か知らされておらず、立場を証明するバッジも外されているが、上の立場だということだけは分かるその人が、熱海が先程の喧嘩腰の発言と比べて突然理性的になった事に驚いている。


 かと思えばニヤリと笑い、口を開く。


「気が変わった。除隊を認めん代わりに、移住の許可は出してやる。但し、今の軍との魔法契約を破棄し、新しい魔法契約を私と結べ。……ああ、そうだ。言い忘れていたが、私は……帝国軍人事管理局総監、ラズベルト・イグナーだ」


「…………どのような契約ですか?」


「私が君達を監視する代わりに、軍はこれ以来一切君達の行動を制限しない。どうだ?」


「……足立はどう思う?」


「……受けた方がいいと思う」


「なら、それでお願いします」


「なら、私から他に言う事は無い。さっさと契約だけ結んでしまって、明日には軍との前の契約を解除する為に人を君達の宿に向かわせるから……それでいいか?」


「はい。ありがとうございます」


 それからは特に何も無く、俺達は軍との古い契約を破棄し、街作りの参考にする為と観光も兼ねて聖教国へと向かった。


  §


「この頁の再現が昨日の工事を以て完了しました。ですので、次の頁の内容を皆様と一緒に確認したいと思います」


 やけに現代日本に近い街並みの中、ビルを一棟占領している宗教の施設に入った俺達が見た景色。


 それは、極めて異様なものだった。


 スーツを着た女性が壇上で、ガラスケースに入った本に手袋をつけてそっと触れている。


「読み上げます。この世は酷い。苦しんでいる人は救われない。神なんてやっぱり居な、い……?」


 おっと。こりゃまずい。


「っ!?ごめんアイリスっ、それは嘘だ、間違えて書いたんだ、だから、」


 端でぼーっと見ていた若い男性が、焦った様子でそう言いながら、アイリスと呼ばれた頁をめくっていた女性の方へ走る。


「で、ですよね教祖さまっ、こんなの、なにかの、間違いで……!読み間違えたのかも、そう、きっとそうだ、そうです!だから皆さん、」


 そう言ってその女性が信徒の座っていた方を向くと、そこに居たのは暴徒と化した信徒と、かつて綺麗に並べられていたパイプ椅子だけがあった。


 既にガラスケースの中の聖典は破られ、紙切れが宙を舞う。


 これは、チャンスじゃないか?熱海にこの、現代日本に酷似した街を贈ることができるチャンス。その為なら俺は何だってやるつもりだからな。


「あのー、皆さん!聞いてくれませんかー!」


 後ろから拡声魔法を使い、さらに声を張り上げる。

 信徒達の注目が集まる。


「俺足立って言うんですけど、そこの元教祖と同じ転生者なんです!」


 場がざわつく。教祖とアイリスは呆然としていて、止めに入ってきそうにはない。


「だから言えますけど、神が居ないってのは本当で、そこの元教祖はあなた達を騙してたんですよ!」


 元信徒達は再び騒ぎだす。元教祖とアイリスは、いつの間にかこの場から居なくなっていた。

…………ちょっとこれは読者様に悪印象を与えたかもな。後であの人達のこともフォローしておくか……。


「転生者様、私達どうしたらいいのでしょう!?」


 元信徒、いや……信徒が群がってくる。転生者様って呼んで俺に縋ってくるのは、元教祖様が転生者だったからか。


「…………できることなら、あの元教祖に騙されておかしくなったこの国を立て直したいんですが……色々難しいでしょうし。でも……」


「いえ、私達がどうにかします!」


 多分この場にいるのって位が高い人たちだろうし、そりゃどうにかなるだろうよ。


「…………では、俺にこの国を任せて頂けるのですか?」


「はい!」


 今数人が少し疑うような顔をしたな。やはり俺もこんな立場には慣れてないし、難しいな……


「……あの、私、この人の妻です。転生者です。私も、手伝いたいです。元々彼と私達が住んでいた国は、1人の意志じゃなく、皆さんの意志によって進む方向を決める国だったんです。きっと、その方が健全です。だから、この国も、そうしませんか?」


 熱海ってこういう時のアドリブ上手いよな。


「あぁ、ありがとうございます転生者様……!お名前を伺ってもよろしいのでしょうか……?」


「ああ、俺は足立酔です」


「私は、熱海鏡っていいます」


「足立様、熱海様!」


 まあ、俺達はこの国がどういう方式で成り立ってるかとか知らないから、その後はさっきの信徒達に任せた。結果的に俺達2人が教祖、じゃなくて一時的な指導者ってことになった。


 ちなみに、床に落ちてた破れた「聖典」を集めて読んでみて分かったんだが、あの元教祖くんは奏羽って名前の田舎の高校2年生、東京の景色に憧れてて、それをこっちの世界で忘れないように手記に残したらアイリスに見られて神だと思われて、祀り上げられて真実を言えなくて、って感じらしかった。


 まあ、ちゃんと被害者だなって感想だったから、あの後逃げる2人に追い付いて、アイリスには奏羽が嫌がってたことを、奏羽にはごめんね、でも解放してあげたくてって嘘をついておいた。


 その後小一時間サンドバッグになり、その上で聖教国のどこが悪かったのか、本を読んで知ったことを教えた。

 こう見ると俺って激ヤバ悪人間だな。まあ、熱海の為なら俺がそうなれるのは分かってたけど。


  §


 それから、俺達の現代日本知識を国民に教え続けて10年経った時のこと。


「もう皆さんに私達が教えられることはありません。だから私と足立は、このテオドラ共和国のトップを降りようと思います。後は皆さん自身でこの国を発展させていってください!」


 俺達はこの国の一市民になった。


 高層マンションの一室を買い、そこに住んだ。


 そうして、熱海と日常を送っていた頃――唐突にそれは起こった。


  §


「速報です。たった今、テオドラ共和国と帝国の国境で魔法乱射事件が発生しました」


 帝国はあの後王国を無事滅ぼし、自分の領地にした。だからここと帝国の国境なんてものがある訳だが、遂に来たか。


「ハローッス。」


「あー、こんにちは。あなたは何でここに居るの?」


 突然現れた人間に、熱海が尋ねる。


「そりゃ、その速報やってる事件の犯人が俺で、あんたらが住んでる場所を聞き出したから?」


「……そっか。じゃあ、あなたは私達を殺しに来たってこと?」


「や、正確には……あんたらを殺した後この国を滅ぼす為に、ッスかね。」


「…………ねえ。どうせならさ、空でびゅんびゅん飛び回りながら、派手な戦いしようよ。」


「それはいいッスね!じゃあ早速、!」


 そう言うとそいつは、熱海ではなく俺に、恐らく高速の魔法子を付与しまくった火球を飛ばしてくる。勿論防御式で防いだが、軽く飛ばしてくる攻撃の威力がとんでもないなこの人。魔力量どうなってんだ……。


「あ!そういえば名前聞いてなかったー!あなたの名前はー?」


 既に空中へ飛び出している熱海が叫ぶ。


「あ!確かにそうッスねー!俺の名前は!」


 そいつは、拡声魔法をわざわざ使った。


「アキト、って言うんス!覚えといてくださいねー!」

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