9. 本当のスタート
「とりあえず探、知……?」
熱海が久々に真面目モードに切り替わった。何だ?
「まずい。魔法が全て使えない。足立は?ドッペルゲンガーの能力はある?」
熱海に変身しようとして……できない。さっきまでは変身しようと考えるだけで出来ていたのに。
「ないか……じゃあさっきのさせないよの人に無効化されてるとか?」
「違う。可哀想だけど、あなた達の持っていた、普通の人間には通常ない能力は奪わせてもらった。王国に敵対する意志がはっきりとあるのが分かったから。ごめんなさい。じゃあ次の仕事があるから。またね」
それだけ言い放つと、その人は俺の後ろからすぐに消えた。今はその転移魔法の残滓すら感じ取れない。
「…………奪う能力で0ランクになったってことか」
「あの人が0ランクだってどうして分かったの?」
「ん?ああ、いや。さっきの人2回とも足立の後ろから話しかけてたから、私はその人達の姿を普通に見てたけど……この前調べた王国の0ランク……ッ」
猪のような魔物が遠くに現れる。まだ気付かれてはいないが、この状況だとじきに気付かれるだろう。蘇生ももう使えないから死ねない、攻撃魔法も当然無い、ならどうする?
「また使えるようになればいい。でしょ?」
あの口ぶりだと恐らく今の俺達は転生者特典も持ってない、だからたとえシンプルな火球でも2回目の習得には時間がかかる。ここは風上だ。すぐ気付かれる。なら、熱海より身体能力の高い俺がその時間を稼ぐ。
熱海とアイコンタクトをとり、俺はこちらに気付いた猪を挑発する。間違っても熱海の方に猪の意識が向かないように細心の注意を払いながら、臨機応変に木の影に隠れ、移動し、猪の横を取る。
反応速度勝負をしたら、いくら俺が設定として最強でも負けるし、今はその設定すら効いているのか分からない。
今は横を取れ、とにかく俺も熱海も死なないのが第一優先事項だ。
あぁ、そろそろ横取るのも避けるのもキツいな……でも俺が居なかったら熱海が悲しむ、から……せめて、あと、1秒――
その瞬間、赤い何かが横から飛んできた。
それは猪に直撃し、爆発。怯んだ猪は逃げていった。
「…………ナイス、マジでよくやった、はぁ、本当に、死ぬかと思った……」
「……ごめんね、囮役やらせて。でも火球は使えるようになった、残存魔力的には……あと2回かな。2回で森抜けるのは厳しいからスキャン魔法とかやった方がいいのかな、あーでもスキャンやるには魔力足りないか。足立やれる?」
「勿論」
「私は周り警戒しとくから。魔力効率習得は……今はやらない方がいいか」
スキャンはかつては魔力を放出する魔法子と感覚を拾う魔法子の2つで作る魔法だったが、スキャンの魔法子を見つけた転生者が居て、スキャンも魔法子1つの魔法になったんだ。だから火球よりは長くても、数分でいけるはず……
数分後、無事にスキャンを習得した俺はすぐさまそれを実行し、俺達は森が最短で開ける方向へと歩き出した。
幸いそれまで他の魔物や動物に遭うことも無く、俺達は森を抜けた。
「平原だけど……目の前が丘だから街があるかは不明。魔物はポツポツ居るけど避けて歩ける程度……とりあえず丘の上まで行こうか、足立」
「そうだな」
真面目モードの熱海は格好良いと、いつも思う。
「……普段頼りっきりだからね。それにこんなとこでふざけてちゃ足立の頭の中の読者諸君にも嫌われちゃうでしょ?勿論、実際にこれが物語である場合にはその読者にも。私はみんなを嫌な気持ちにさせたくない……だから、真面目にやるの。元々、本性っていうか……性根がこっち寄りってのもあるけどね。……今の言い方、ちょっと巫山戯てたかな?」
「……いや。よく伝わったよ」
「…………ありがと」
それから丘の上まで歩いて、その奥には大きな街が見えた。この街の見た目からして、ここは帝国、さっきの森は多分帝国と王国の境目にある森だったんだろう。
「…………とりあえず行こうか。魔力は……回復スピードを考えたら1匹くらい倒して何か素材持ってった方が金になっていいのかな。そういえば冒険者証……も盗られてるか。はぁ……」
熱海が適当に、そこら辺に居たスライムに近寄っていって火球を撃ち、核を回収する。
「まぁ、物語のジャンルがチート系からいずれ最強とか復讐系になったと思えば」
「そうだね。じゃあ今のうちに整理しておくか。今の私にあるものといえば……アンデッドに関する知識。これは奪われてない。じゃあ他には……?やべ、思い付かない」
「……さっき試したけど、熱海につけてもらった俺の設定も無くなってるみたいだ」
「はぁ。絶望的だね。でも死んでない、ならやりたいように生きるだけ。そして今分かったよ。私が真にやりたいことは1つ、2人で
「勿論。設定が無くなっても、俺は気のせいじゃなく本当に熱海の事が好きみたいだし」
「…………ありがとう、足立。私も、足立に設定が無くたって、足立のこと……好きだよ。……あー、さて、街の入口に着きましたが」
照れ隠し?珍しいな。かわいい。
「王国側から来た人をそんな簡単に街に入れるわけないか」
「そうですね。では質問を幾つか。この街に来たのは何故ですか?」
「あー。王国に歯向かおうとしてあっちの森に追放されちゃいまして」
「まあ、そうですよね。それ以外であっちからここに来る人見た事ないし。なら質問はあと一つだけです。ゼルフェリア王国の敵だと自らを認めますか?」
「認めます。足立もそうだよね?」
「同じく認めます」
「はい。じゃあもう通って大丈夫ですよ。新しい生活頑張ってくださいね!」
それからお礼の言葉を返す。そんな感じで、俺達は無事に帝国の街へ入ることができた。
「……とりあえず、冒険者ギルド行って登録して、金稼ぐしかないよね。幸い魔法子は今まで習得したの全部覚えてるし、強いの習得し直せばさっきの平原にいた魔物に勝てないことはないはず……」
「帝国の冒険者ギルドは剣と盾のマークのはず……ああ、あそこか。というか、ここって王国の現代的な見た目と比べて凄く異世界っぽいよな」
「え、ほんとだ。こういう街アニメで見すぎて気付かなかった……私とした事が……」
もう結構ふざけ始めてるな。やっぱ街の中に入ると安心するよな……。もしくは、そうしないと元気でいられないのかもしれないが。
まあ、冒険者ギルドの登録は特に何事もなく終わった。Fランク、だって。
街並みは古くてもこういう所には転生者の影響が来てるのか、と思って聞いてみたら、この国は転生者フレンドリーだけど国に転生者とバレると戦力として扱き使われるから転生者が警戒するせいで、技術を教えてもらうみたいな事が滅多に無いらしい。
あなた達のことは秘密にしておくから頑張ってね、とも言われた。受付の人が優しくて良かったな……。
「とりあえずさ、身を守れるだけの魔法覚えたらさっき聞いた狩場……来たのと反対側だっけ?行って金稼がん?てかさ、まさか私達が魔力量で困って、もう効率カッスカスの魔力消費による最大量成長に頼る羽目になるなんてびっくりよな」
狩場に向かって歩きながら話す。勿論、魔法習得も忘れてない。
「そりゃね。しかし、普通の人間には通常ない能力を奪う力?魔法?ってなんなんだろうな。聞いた事ないけど」
「あ、そんなことより激カワうさぎおるやん。絶対超攻撃的な魔物だよアレ」
遠くに見えた狩場、そこにはめちゃくちゃ可愛い兎が居た。あとチラッと見えてる血溜まりも。
「火球で倒せるかな。倒せなかった場合がまずいよな……」
「一応俺光線魔法ならあと少しで習得出来そうだけど」
「あー、そっちのが確実か。じゃあちょっとここで私も他の魔法子を……何がいいかな。やっぱ魔力効率か?いや防御魔法とって早めに式作り直さなきゃか……でもそれは魔力が足りない……?」
兎を光線が撃ち抜く。
「お、早。んじゃ行きますか〜」
熱海が兎の死体の周りを警戒しながら、ギルドで教えられた部位、兎の魔物なら右足を切り取り、ギルドで貰った袋に入れる。この袋には魔法がかかってて、中に入ってるものの血や匂いなどをゆっくりと消滅させてくれるらしい。
ゆっくりだから袋に証明部位を入れる時に手が入っても大丈夫、とか言ってたな。別の魔法が重ねがけされてればずっと手を入れてても安全なようにできるはずだが、それはコストが高いとかだろうか。
それからは、他にも冒険者が複数居る中でそれでもまだ魔物が居るってここ相当ヤバいとこなんじゃないのか、とか思いつつ魔力が回復するまで隠れて休んでは魔物を狩り、というのを続けた。
「うー……すごい、もしかしてこれから毎日こんな感じ?だとしたらなんか私達すごい努力系主人公じゃね?」
「世の主人公の意志の強さ舐めんなよ、熱海みたいな努力出来ない系の人間は一生努力系主人公にはなれないぞ……」
「そらそうだわ。よっしゃほんなら私なりに頑張りますわ!」
丁度魔力が回復したのか、熱海が魔法を撃ちに行く。
ちなみに赤子以外が最大魔力量を増やしたいなら残存魔力を限りなく低く保ち続ける事が重要だから、魔法1発分回復したらすぐに撃ちに行くんだ。命くらい簡単に賭けていかないとこの年齢じゃ強くなれないからな。そりゃ生きることは目標だが、永遠に生きたいなら強さは必須だし。
それに、今は不老式もない。お腹だって空くし、結局これしか方法は無いんだ。
帝国的には、そうやって一般の冒険者をじわじわ強くさせて戦いに使おうって魂胆なんだろうけどな。
「まあでも、転移後とか転生後に即死しなかっただけありがたいよなー」
俺達冒険者が集まって休んでいる場所に戻ってきた熱海が、ぽつりと呟く。
もちろん、俺にしか聞こえない声でだが……。
「……そういうのあんま言わんようにしない?王国でも話したの普通に聞かれてたっぽいしさ」
「確かに。そうします。あざす」
「じゃあそろそろ暗くなってきたし街帰ってギルド行って金貰って宿行くか」
「そうね、帰ろう。これから私達の地元になる街に!なーんてな。私達の地元はいつまで経っても前前世の実家がある街ですがね!」
§
そして、それから10年の月日が経ち。俺達の身体は28歳になった。
「28歳を迎えましたが、なにか感想はありますか足立くん!」
俺達は何も変わってないし、相変わらず仲間も居ない。
「今この世界で生まれてから何年だっけ?23年とか?もっとだっけ。忘れたけど、熱海がずっと一緒に居てくれて嬉しい。そして、設定が無くても俺が今まで熱海を好きで居続けてる事が嬉しい。みたいな感じかなー」
設定が無くなったせいで、俺の記憶力は一般人より少しいい程度に落ちた。から、俺達がこの世界に生まれたのが何年かなんてどうでもいいこと、もう覚えちゃいないんだ。
「うわ、すげーまともでいい事言うじゃん。私今年の自分の誕生日の時そんなこと言ってたっけ?」
「言ってたね。酒で酔ってたけど、ずっと一緒に居ようね、離れちゃダメだからねって。超可愛かったよ」
「…………くそ恥ずかしいから忘れてたのかな?記憶飛ばす程飲んどらんもんな、そん時」
「そうだね。ま、熱海は忘れん坊だから普通に忘れてた説のがあると俺は思うけど。」
……やっぱり、俺達も少し変わったかもな。設定が無くなったせいか、単に長い時間を過ごしたせいか知らないが、俺達の間にあった依存は少しだけ薄まったような気も、逆に深くなったような気もするんだ。
「…………ずっと思ってたんだけどさ、私も足立も異世界に長く居すぎてか知らんけどなんか性格変わった?」
「そうだな。」
現に語りの口調が……っていうのは、単に今酔っているからってだけな気もするが。実際性格は変わっただろうな、熱海はともかく俺は今まで設定で固定されていた部分が外れた訳だし。
まあ、普段の雰囲気と違うのも酒飲みながら酒場でだらだら話す、なんて初めて見せる部分だからだと思うけどな。
「……明日さ、」
「……うん。」
「決行、しようか」
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