GAME OVER

木穴加工

GAME OVER

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 そう言うと少し奇妙に聞こえるかもしれない。

 同じ夢を繰り返し見ること自体は珍しくもないけど、それが何度目かまで正確に覚えている人は、そう多くはいない。


 じゃあ、なぜ僕が知ってるか?

 それは夢の中で「彼」が教えてくれるから。


「やぁ、これで9回目だね」

 彼はいつものように甘い笑顔を浮かべながら囁いた。

「次でゲームオーバーだ」



 この夢を見始めたのは、ちょうど僕が地下迷宮に潜り始めた頃。詳しくは覚えていないけど、たぶん地下3階に着くか着かないかだったと思う。


「やぁ、早かったね。水飲むかい?」

 僕らはカルケイト産の大理石よりも白い壁に囲まれた不思議な部屋の中に居て、彼はまるで旧友に話すかのような態度だった。


 —— 夢魔だ。


 即座にそう判断した。

 非現実的な光景、異様に整った顔つき、甘い囁き声、警戒を解くような態度、前に習った夢魔の特徴と一致する。

 違和感があるとすれば、夢魔は獲物にとって魅力的な異性の姿を取るはずだということ。でも僕も実際に会うのは初めてだから、ひょっとしたらこういうケースもあるのかもしれない。


 夢の中で夢魔を倒す方法はない。

 とにかく、一刻も早くこの状況を脱しなければ。


 目を覚ますことに意識を集中していたせいか、夢の記憶はとても曖昧だった。ただその時に「10回この夢を見たら死ぬ」というようなことを言われたのは覚えてる。


 夢魔にそんな大それた力があるだなんて初耳だった。ひょっとするとただの嘘かもしれない。何しろ奴らは人の心を惑わし、感情を食い物にする魔物だから。


 そう思っても、やっぱり死にたくはなかった。

 僕は魔除けの香を炊いたり、巫祝に頼んで寝具に祝福を施してもらったりしたけど、効果があったとはいいにくい。

 

 この結果がなによりの証拠だ。


「なるようになれ、か」

 嫌な夢を脳裏から振り払うと、焚火を消し、荷物を背負って歩き出した。


「よし、今日こそ地下10階に..」


 突然焦げたような匂いがしたかと思うと、空気が乾燥し、肌がひりついた。

 迷宮の向こうに陽炎が揺らぎ、それの奥に巨大な影が見える。


 — ドラゴンだ!


 逃げ出す暇もなく、炎が僕もろとも一帯を包み込んだ。



「はい10回死にました。終わり」

 彼は慣れた手つきで僕のヘッドギアを外しながら、少しからかうような声で言った。

「待てよ、今の不意打ちはズルいだろ。もう一回、もう一回だけ!」

 僕は食い下がる。

「だめだめ、没入ジャックインのしすぎは脳に障害が残るよ。また来週な」

「くそ、今回こそ10階いけると思ったのに」

 悔しさをかみしめながらベッドから起き上がり、水を一気飲みする。


 モニターに目をやると、一帯を蹂躙するドラゴンの姿を背景に、「GAME OVER」という文字が無常に光っていた。



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