9回目の悪夢【KAC20254】

羽間慧

9回目の悪夢

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。



 ■□■□



「お父さん。私、今すっごく幸せだよ」


 ウエディングドレスを着た娘が、僕の手を握った。ウエディングベールも花束も、見惚れてしまう美しさだ。

 僕は娘の手を懐かしげに見やる。


 大人になってからは握ることのなくなっていった手。それでも、僕と妻の手を掴んでいたあの日のことがすぐに思い出せる。家に初めて来た日。小学校の入学式。お化け屋敷に行ったとき。緊張していた娘の手は弱々しくて、守ってやらなきゃという使命感を燃やしたものだ。


 随分と華奢で優しい手になったな。エスコートした後はお父さんの手を離し、新郎と誓いのキスをするのか。


 そんなの許せない!


 パパのお嫁さんになると約束してくれたじゃないか。大好きなパパがかっこいいって。


 バージンロードをともに歩く役目は、ちっとも嬉しくない! 娘の選んだ新郎が僕よりもいい相手なんて、絶対に信じないぞ!


 今からでも遅くないはずだ。この結婚は認められないと、父親が宣言すれば。


「その結婚、ちょっと待った!」


 会場中に響き渡った大声は、僕の口から発したものではない。

 参列していたはずの次男だった。妹と年は3つ離れていた。新郎を指差し、憎しみのこもった目を向ける。


「心から妹を愛しているのなら、好きなところ10個だけじゃなくて嫌いなところも同じだけ言える人じゃないと駄目だ。 新婚生活は楽しくても、人生はまだまだ長いんだぞ。不倫に走ったお前のことを、うちの妹が悲しむなんてあっちゃいけない! 本当に結婚したかったら、今すぐ嫌いなところを言うんだな」


 式の空気を壊せとまでは願っていない。

 バカ息子と叱る前に、長男が次男の肩を叩く。


 よかった。こういうときに、しっかり者のお兄ちゃんがいてくれると助かる。我を失った弟より3つ上のお兄ちゃんなら、安心して状況を任せられるからな。


「俺も同意見だ。可愛いだけの理由で娶るのはやめてもらいたいね。たかが数年しか過ごしていないお前に、猫をかぶった妹の素顔まで見抜けているとは思えないけど」


 シスコンお兄ちゃんが増殖した。


「お父さん、にいに達が怖いよ。結婚なんて嫌」


 娘が僕の腕にしがみつくのも無理はない。綺麗に整えてもらった髪が崩れるほど怖かったのだろう。


 昔のドラマで憧れたのは、こういう展開ではなかったはずだ。2人が言いたいことを言ってくれた結果、パパの出る幕がなくて困る。



 ■□■□



「よかった。またあの夢かぁ……」


 同じ夢から覚めた後、きまって一緒の布団で眠る娘の顔が見たくなった。


 大丈夫、まだ小学4年生だ。結婚するにはまだ早い。


 今朝もほっと胸を撫で下ろすものの、いつまで安心していられるのか不安になるのだった。

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