第11話 思い出

「……あれに乗りたい!」



愛華の指差す先には、ゆっくりと回るメリーゴーランド。


金色の装飾とパステルカラーの屋根が、どこかおとぎ話の世界を思わせる。



「メリーゴーランドか。いいよ」



俺が答えると、愛華はパッと顔を輝かせた。


その笑顔に、なぜか胸が少しだけあたたかくなる。



チケットを見せて、二人で乗り場に向かう。


他に乗客は数人。

どこかの家族連れやカップルたちが、

思い思いに馬や馬車型の座席にまたがっていた。



「怖いから……一緒に乗ってもいい?」



愛華が、ほんの少しだけ恥ずかしそうに言った。



「もちろん」



俺は空いている白馬の背にまたがり、

愛華を前に乗せる形で支える。


細い肩が胸の方に寄りかかってきて、

鼓動が少し速くなる。



やがて、オルゴールのような音楽が流れ出し、

メリーゴーランドがゆっくりと回りはじめた。



「わっ……」



馬が上下に動き出すたびに、愛華が小さく驚きの声をもらす。


けれど、しばらくすると身体の力が抜けたのがわかった。

だんだん楽しくなってきたらしい。



「……あなた、幼いころもこれに乗ったの?」



「ん?ああ、うん。

昔、一人で乗るのが怖くてさ。確か、母親と一緒に乗ってたんじゃないかな」



懐かしい思い出が、

メリーゴーランドの音とともに脳裏に浮かぶ。


母親の柔らかな手。

安心感。

不安げに馬にしがみついていた自分。



「……一人では不安だった幼いあなたと一緒に乗ってくれるなんて、

あなたのお母さんは優しい人なのね」



その言葉に、俺は愛華の横顔をちらりと見る。



「……愛華の母親は厳しい人なのか?」



彼女はほんの少しうつむいた。


そして、ぽつりとこぼす。



「厳しいというより……私に関心がない人、って感じかな」



「そうなのか……でも、もしかしたら、

そう見せてるだけで、本当はちゃんと愛華のこと、想ってくれてるんじゃないか?」



「……」



愛華は少しだけ、目を伏せる様な素振りを見せる。

そして、メリーゴーランドの回転音にかき消されそうな声で言った。



「……もう、この話はおしまい」



それ以上、俺は何も言えなかった。



やがて、メリーゴーランドが止まり、

オルゴールの音も消えた。


機械音とともにアトラクションが完全に静止し、現実に戻ったような気がした。

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