第10話 遊園地

「……っ!」



視界がゆらりと揺れる。


目の前には、古びた大きな入場門。


鳥の鳴き声と、ポップコーンの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。



「なんか、体が……重い」



頭がクラクラして、一歩ふらりとよろけた。



「大丈夫?」



横で、心配そうに覗き込む愛華の声。


俺は深く息を吸って、言った。



「太陽の光に目がくらんだだけだ。さ、行くぞ」



今度は俺が彼女の手を引いて、入場口へと歩き出す。


なんだか妙にドキドキする。


もしかして、手をつないだままだからか?



「入園料俺が払うよ……って、あれ?」



ポケットを探った瞬間、冷や汗が流れた。


「悪い…財布、忘れた」



「安心して、私が払うわ。あなたの分は、後で給料から引いておくわね」



黒いサングラスを外した愛華が

得意げにチケット売り場で二人分の入場料を払い、

あっさりとゲートを通過する。



遊園地のゲートを通ってすぐ、

俺は少し拍子抜けした。


人は……まばら。

活気がないわけじゃないけど、どこかノスタルジックな静けさが漂っている。



「……あ」



視界の先に、見覚えのあるアトラクションがあった。


ゆっくり回っている、あの大きなコーヒーカップ。



「懐かしいな……あのころと、何も変わってない」



俺がぽつりとつぶやくと――



「なら、あれに乗りましょう」



そう言って、愛華が俺の手を取って小走りに駆け出した。


まるで子どもみたいな無邪気さに、思わず口元が緩む。



フリーパスのチケットを見せて、

俺たちは並ぶことなくすぐにコーヒーカップへと乗り込んだ。


しばらくして、ブザーが鳴る。



「運転開始しまーす!」



軽快な音楽が流れ出し、カップが回り始めた。


ゆっくり、ゆっくり、遠心力が身体を揺らしていく。


……そのとき、俺の隣の愛華が、微妙に体を固くしてるのに気づいた。



「……もしかして、これ初めてか?」



俺がたずねると、愛華は小さくうなずいた。


ちょっと意外だった。



「コーヒーカップの中心にあるこのハンドル……

これを回せば、もっとぐるぐる回るんだけど。どうする?」



ニヤリとからかうように聞くと、愛華はすぐに首を横にふった。



「そんなことしたら……振り落とされるわ」



「試してみるか?」



言うが早いか、俺はハンドルをぐるんと回した。


遠心力が加速して、コーヒーカップはどんどん回転していく。



「ちょ、ちょっと!バカ!やめなさ――きゃあああ!!」



愛華はカップの縁にしがみついて、必死に目を閉じている。


さすがにちょっと悪ノリしすぎたか……

と、思い始めたところで、アトラクションはゆっくり減速し、

やがて止まった。



「……ふぅ……」



愛華は胸に手を当てて、深呼吸をしている。


俺は笑いをこらえながら言った。



「振り落とされなかったな」



すると、次の瞬間――



「この、このっ!最低っ!!」



ぽかぽかと小さな拳で俺の肩を叩いてきた。



「ごめんごめん。次は怖くないアトラクションにしよう。な?」



俺が笑いながら愛華の手を取ると、

彼女はしぶしぶうなずいた。


……けど、その手はさっきより、

ほんの少しだけ強く俺の手を握り返してくれていた。


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