第12話 特典

メリーゴーランドを降りたあと、

俺たちはふらふらと園内を歩きはじめた。



そのときだった。


隣を歩く愛華の視線が、

ベンチにいた親子に吸い寄せられていくのを俺は見逃さなかった。



……あれは、チュロスだな。



親子が手にしている細長いアレを、

愛華はじっと見つめていた。


まるで、気になるけど自分からは言えない、みたいな顔で。



「なあ、愛華。フリーパス、ちょっと貸してくれないか?」



「え?いいけど……どうして?」



「ちょっと用があってさ。すぐ戻るから、そこで待ってて」



俺が指さしたベンチに、愛華は小さくうなずき腰を下ろす。



俺は彼女の手から受け取ったフリーパスを持って、

少し離れた売店へと急いだ。


たしか、昔はフリーパスを見せればチュロスが一本もらえたはず……。



「――お、あった」



記憶は正しかった。


チケットを見せると、売店のお姉さんがにこやかにチュロスを二本、

紙袋に包んでくれた。



懐かしいな、これ。


俺も昔、親にせがんでこのチュロスを手にしたっけ。

まだ甘い香りは同じだった。



「さて、と……」



紙袋を手に、愛華の待つベンチへ向かった。




……いない。



さっきまでそこにいたはずの愛華の姿が、どこにもない。



「……まじかよ……」



まさか迷子に?

いや、こんな人の少ない遊園地で?


ざわつく胸をなだめながら、キョロキョロと周囲を見渡していると――



「わっ!!!!」



いきなり、後ろから肩をつかまれた。



振り返ると、いた。

そこには、満足げな顔の愛華が立っていた。



「びっくりした?」



「……お前なぁ……」



心底ほっとした俺は、思わずため息をついてしまった。



「どこ行ってたんだよ、まったく……」



「ちょっとお手洗いに行ってただけよ。

驚かせちゃって、ごめんね?」



その悪戯っぽい微笑みに、俺はもう何も言えなかった。



「……ほら」



俺は紙袋からチュロスを取り出し、それを愛華に手渡す。



「これ、チュロス。入場者特典で無料でもらえたんだ。

昔、来たときももらってさ。ちょっと懐かしくなってな」



「えっ、わあ……!」



愛華の目がぱっと輝いた。



「ありがとうっ!」



彼女はチュロスを両手で持って、

嬉しそうに食べはじめた。



「これ!香ばしくて、すごく美味しいわ!」



そう話す彼女の横顔を、俺はこっそりと見つめた。


なんていうか、こうしてると……デートみたいだな、って、そう思う。



「どうかした?」



「なんでもない。さ、次はどこ行く?」



俺はそう言って、愛華の目を見ないまま、チュロスを口に運んだ。

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