悪夢

奈那美

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 

 なぜ9回目だなんて断言できるかって?

それは、毎日同じ夢を見ているから。

 

 最初に見たのは3月1日の朝だった。

誰かから必死で逃げていて、もう少しで捕まると思ったときにスマホのアラームに起こされたんだ。

いつもだったらもう起きる時間かよ!ってムカつくところなんだけど、あの時ばかりはアラームに感謝したな。

そして今朝……3月9日の朝まで、毎日同じ夢を見るんだ。

 

 何から逃げているのか、どうして逃げているのか……さっぱり想像がつかない。

試験を間近に控えた学生でもなければノルマがこなせない会社員でもない。

逃げる要因は何一つ思いつかない。

 

 ただ『逃げなくちゃ』という思いで頭の中いっぱいになって、走り続けているんだ。

でも、逃げる必要ってほんとうにあるんだろうか?

初日は確かに目覚めた時に恐怖で心臓がバクバクしていたけれど、毎日見ているうちに慣れたのか、恐怖を感じなくなっていた。

 

 むしろ逃げながら『こっちの道を行くのはアリか?』なんて脇道にそれる余裕まで出てきたくらいだ。

そういえば子供のころ遊んでた鬼ごっこがそんな感じだったかな。

……あれ?何か引っかかるんだけど。

鬼ごっこ……そういえば、鬼ごっこやってるときにズルして隠れてたことがあったなぁ。

鬼になりたくなかったから……いや、足は速い方だったから鬼になっても誰かを捕まえるのは簡単だったけど、ただ面倒でさ。

 

 あの時に鬼やってたのって……そうそう、ヨウちゃんっていう子だ。

そこそこ足は速いんだけど鈍くさくって、しょっちゅう鬼になってたんだよなぁ。

今ごろどうしてるかな。

そのうち、昔の友人にでも消息を聞いてみよう。

それにしても、また今夜もあの夢を見るのかな。

そうだ、あの時みたいにどこかに隠れてやり過ごすというのもありかもしれないな。

 

 毎日同じ場所の夢を見てるんだ、あのあたりなら土地勘がある……夢の中で土地勘というのも変な話だけどな。

確か2つ目の角を曲がったあたりに小屋があったと思う。

そこに隠れたら、誰が追いかけてきているのかわかるかもしれない。

 

 その夜、またいつものように誰かから逃げていた。

昼間に計画した通りに小屋の中に身を潜めた。

だが、小屋の前は誰も通り過ぎなかった。

そしてそのままスマホのアラームに起こされた。

 

 いったいどうしたんだろう?

途中で追いかけるのをあきらめたのか?

いやいやいや、それなら10日も続けて同じ夢を見るはずがない。

もしかして隠れていたことに気がつかなかった?

あぁ、それはありうるかもしれないな。

また今夜も隠れて様子を見てみよう……っと、その前に。

 

 スマホで小学校から高校時代まで友人だったハルに電話をかけた。

ひとしきり昔話に花を咲かせた後、ヨウちゃんのことを聞いてみた。

『昔さ、ヨウちゃんっていたの覚えてないか?鬼ごっこで、しょっちゅう鬼になってた子なんだけど』って。

ハルの返事は驚くような内容だった。

 

 『ヨウちゃんって……お前こそ覚えてないのか?お前ひとりだけを最後まで捕まえられなくて、わき道から道路に飛び出したところを車にはねられて、ずっと意識不明だったんだ……つい先日亡くなったけど』

マジかよ……。

『亡くなったって……いつ?』

『2月の末だよ。あの鬼ごっこの時、お前どこ逃げてたんだよ。3丁目から出ちゃダメってルールだったろ?』

 

 『3丁目には、ちゃんといたよ。ちょっと角を曲がった小屋に隠れてたけど』

『マジかよ……なんでそんなことしたんだよ?お前が捕まってさえいれば、ヨウちゃんははねられずにすんだのに』

『ごめん』

『何をいまさら……謝ったって遅いよ』

じゃあな──そのひと言を残してハルは一方的に通話を切った。

 

 ヨウちゃん……死んじゃってたんだ。

まさか夢の中で追いかけてきてるのって、ヨウちゃんなのか?

いや、ホラー小説じゃあるまいし、そんなことは現実問題としてあり得ないだろう。

毎日同じ夢を見るのもただの偶然だ。

今夜も、きっと同じ夢を見るだろう。

また昨日の小屋に隠れてやりすごすだけだ。

 

 いつもと同じ、追いかけられる夢。

でも対処の仕方はわかっているから大丈夫。

昨日と同じ小屋に向かい、するりと中に入る。

これで大丈夫。

あとはスマホが目覚めさせてくれるのを待つだけだ。

 

 ……カタリ。

小屋の戸が小さな音を立てた。

え?

カラカラと音をたてて小屋の戸が開かれた。

逆光で顔は見えないけれど、小学生くらいの背格好の誰かが立っていた。

 

 『見つけた。だめだよ、隠れるなんてズルしちゃ。じゃあ、今から君が鬼だからね』

そう言ってパッと小屋の外に飛び出していった。

あ……おい!

後を追って小屋の外に飛び出すが、周囲には誰の姿も見えなかった。

たった今、出て行ったと思ったのに。

 

 探しに行こうとして、ふと違和感を覚えた──視点が低い?

いつの間にか、あの鬼ごっこをしていた時の身体になっていた。

ヨウちゃんを……捕まえなくちゃ。

 

 あれからずっと、この町の中をヨウちゃんを探して走り回っている。

誰もいない、夢の中の町を。







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悪夢 奈那美 @mike7691

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