(九)帰宅すると入門希望者が来ていた
休み明け故に、登校前は長そうに感じられた1日だが、あっという間に下校の時間となった。
「そんじゃ、また後でな~!」
「おー、待ってるぞー」
帰り道、真男と別れてから数分後に「九頭見道場」ことオレの家に到着。
「ただいまー」
「あっ、お帰り! 龍治、あんたもこっちに来なさい!」
「……?」
オレは帰宅するなり、ひょこっと部屋の出入り口から顔を出した母ちゃんに呼ばれた。すぐに顔は引っ込められ、もう手招きしている右手しか見えていない。
「何?」
「ほら、ちょろっと数日前に知らせたでしょ? 新しい受講者が、いらっしゃるよって」
「あー……そうだったっけ」
「健康クラスの入門希望者で……」
ああ、ますますオレのアイドル化が進む。
人生のベテラン女性たちのアイドル・九頭見龍治か……フッ、悪くないぜ。
「この子よ。
「えっ……」
母ちゃんたちがいる部屋に入ると、予想外の出来事……いや入門希望者がオレを待っていた。
「初めまして、御堂花世です。よろしくお願いいたします」
まさかの展開だった。
母ちゃんの隣にいたのは、この九頭見道場では見たことがないと言っても良いくらい、珍しいタイプの人だったからだ。
女の子……。
ちびっ子にも、人生のベテランにも当てはまらないというレアな女性受講者が来たのか。
「龍治、あんたも挨拶!」
「あっ」
しまった。
母ちゃんの声で、ついボーッとしてしまった自分に気付く。いつもなら挨拶するのに。何やってんだよオレは。
「初めまして。
目の前にいる礼儀正しい女の子に、一礼するオレ。後で彼女にも、この道場での礼の仕方を教えるべきか。
「龍治! 母ちゃん今、花世ちゃんに渡す書類とか取ってくるからさ、そこで花世ちゃんと待っててよ!」
「うん、分かった」
オレたちに背を向けて急ぐ母ちゃん。今この部屋にいるのはオレと、
「花世ちゃん」
「は、はいっ!」
去り行く指導者に頭を下げている、礼儀正しい女の子・花世ちゃん。オレに名前を呼ばれると、ちょっと体を震わせながら体勢を変えた。
「あっ、ごめんね」
「いえいえ……わたしが勝手に驚いちゃっただけで……」
顔の前で右手を横に振る花世ちゃんの頬は、ほんのちょっと赤い。それでも花世ちゃんは笑っている。そんな花世ちゃんを見て少し間を置いてしまってからオレは言った。
「花世ちゃん……高校生?」
「えっ!」
またオレは、花世ちゃんを驚かせてしまった。気になっていたことを質問したが、それは花世ちゃんにとってアウトだったのだろうか。同世代とはいえ、やはりレディーに年齢を聞くのは御法度であったか……なんて考えていると。
「えっと……わたし、今年で24歳です」
「えっ!」
今度はオレが花世ちゃんに驚かされた。
年上だったんだ……。
7歳上の、お姉さん……。
「ごめんね。わたし実は、おばさんなんだ」
「い、いや! そんな、おばさんなんて!」
うわぁ……オレ、やっちまったよ。
ってか何が「花世ちゃん」だよ!
お姉さんに対して失礼な呼び方を……。
「す、すみませんでしたっ! てっきりオレと同じくらいかと思ってしまって……」
「あっ全然、気にしないで! 確かに少しビックリしちゃったけど……若く見てもらえて嬉しかったよ。ありがとう」
「そんな……」
こんな無礼者に「ありがとう」だなんて。
しかも笑って許してくれている花世ちゃ……いや違うだろ!
「いえ本当に、すみませんでした。花世ちゃんだなんて馴れ馴れしく呼んでしまって……話し方も失礼で……」
「ううん、それも気にしないで。呼び方も話し方も変えないで……このままで大丈夫!」
「でも……」
情けない顔をしているオレに、花世……ちゃんは「うんうん!」と笑顔を向けてくれる。
ああ……クソガキの傷んだ心に、お姉さんの優しさが染みる……。
「ありがとうございます。こんな師範代ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「あっ、師範代でしたか! こちらこそ、すみませんでした!」
花世ちゃんは再び、こんなオレに頭を下げてしまった。
「いやいや、大丈夫です! まだオレ、ガキだし……」
焦る花世ちゃんの前でオレも焦っている。
……さっきから似たようなやり取りを何度もさせてしまっているのが、誠に申し訳ない……。
「でも、わたしは受講者の身ですし……先生に失礼な態度は……」
「しかしオレは花世ちゃんより年下で……。そんなオレが自由な話し方なのに、それを許してくれた花世ちゃんに敬語を遣わせるわけには……」
「わ、分かりました。じゃあ……この件は、お互い様ってことでも良いでしょうか?」
「は、はいっ! 是非そうしてください!」
「そっか。ありがとう、龍治くん」
龍治くん……。
「花世ちゃーん! ごめんね、やっぱり違う部屋に来てくれない? あっちの方が書き物やりやすいから!」
母ちゃんの声が聞こえてきた。振り向くと、また手招きしている……今度は花世ちゃんに対して。
「はい、分かりました」
「龍治! あんたは、そこにいて!」
なぜだ、と思いながらも「はーい」と母ちゃんに返すオレ。
「じゃあ改めて、よろしくお願いいたします」
「はい……よろしくお願いいたします」
一礼すると、花世ちゃんは母ちゃんに「こっちよ~」と連れていかれた。その向けられた背中を、見えなくなるまでオレは見つめていた。
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