第7話 鳴き竜

「あ、猫だ!かわいい!」

 どこから入って来たのか、キジトラの碧い大きな目をした猫がしなやかな身体をユノワにすり寄せて、小さく「ん~~?」と鳴いた。

「フェリーンに似てる」

 ティトレーは六歳の夏の日、村を出た時に、残してきた雌猫を思い出して身を固くした。

「……フェリーンなわけない」

 ティトレーは思わず呟いていた。

 きょとんとした顔でユノワが見ている。

 相変わらずの石頭だな。何故、そう言える?

 猫に見つめられ、頭の中に声が響いて、ティトレーの顔が驚きに変わった。

「ティトレー?」

 ユノワの気遣わしげな声が聞こえる。

 表情を変えるな。竜に感づかれる。

 この世界では、動物が言葉を話すのは珍しいことではない。とりわけ、フェリーンは……。

 久しぶりだな、ティトレー。

 外見は猫に近いが猫ではない。ニャオ族といって、人の社会に紛れて暮らすことを選んだ種族だった。

 お前が村を出て以来だから、十年ぶりくらいか?

 ……フェリーン、どうしてここに?

 ティトレーは警戒を崩さず、「ルーラが竜を喰らうように、自分たちはルーラを喰らうので、捕食しやすいよう、竜の近くにいるのだ」と、かつて自分に語ったフェリーンを見つめていた。

 バレルが村を捨てた。

 知ってる。

 私は、竜のいない場所に用はない。

 まるで、猫にも人のような表情があるように、フェリーンが笑ったようにティトレーには見えた。

 ティトレー、お前はどうしたい?

 ティトレーが黙っていると、フェリーンは、

 あの子を救いたいのだろう?

 フェリーンは、ユノワの膝に抱かれたまま、同意を促すように、ティトレーに向かって小首を傾げてみせた。

 フェリーンには関係ない。

 相変わらず、頑固だな。

 変わらないのは、そっちだろ。

 一般的には、「素直じゃない」と言うところだが、相手の気持ちを推し量って、否定的な意味にもなる言葉を、フェリーンはなるべく使わない。

 伸びすぎた金色の髪が額にかかって鬱陶しい。母親譲りだと言われた菫色の瞳は、フェリーンに言われた通り、何の感情も見せていない。

 お前が、バートと行ってしまった時には、どうしようかと思ったが……。必要な時には、いつでも私を呼べ。

 そう言って、フェリーンは、ユノワの膝から降りると行ってしまった。

 ――相変わらずだな…。「必要な時はいつでも呼べ」と言いながら、いつも肝心なときに、フェリーンはいない。

 そう思ってすぐ、ティトレーは思い直した。

 あれは、人ではないが、他人に頼ることの方が馬鹿げている。

 頼りになるのは自分のみ。などと言うつもりはないが、人を動かすよりも、自分を動かす方が早い。不自由ながらも動かせるのは自分のみだ。

 バートは竜を、フェリーンはルーラを食うために、自分を利用した、否、しようとしているに過ぎない。

 ティトレーは気づかれないように、ユノワを見つめ、苦笑した。

 村を出るきっかけになったユノワを、何故、自分が「救いたい」と思うのかさえも分からない。ただ、ティトレーは気に食わないのだ。どのような事情があれ、状況に翻弄される自分や幼なじみが。だから、これは、当分、自分と、気づいてしまったらしいフェリーンだけの秘密だ。

 ーーユノワは、竜を信奉している。

 楡名姫が竜に救われた時のように、このままにしておけば、竜は滅びるというのなら、喜んでその身を差し出すだろう。竜を守るために。実際、彼女は、その身に竜の力を宿し続け、戦い続けている。

 ティトレーは、自分の左手を見やった。

 今は遠く、衰えた竜にも、ユノワにも及ばないが、自分にもその力があるのがせめてもの救いだった。


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