辻本美晴と妖精

おめがじょん

辻本美晴と妖精


 



「妖精が現れたらしい──」



 東京魔術大学にそんな噂が流れ始めた。

 学内の何処かで誰かがそんな話を必ずしている。その光景を辻本美晴は不思議に思っていた。昼休みの学食。地方出身なので実物は見た事がない美晴がそう疑問を投げかけると、美鈴が淡々と答えた。


「漂う魔力が暴走した時に起きてしまう現象ですからね。高位の魔術師が集うと起きやすいんですよ」


 人が発する魔力の残滓が世界に留まり、それらは蓄積されると実体化し未知の現象を起こす光の球となる。人類史においてそれらは「妖精」と呼ばれ、古来より神話や逸話に登場してきた。美鈴はそれなりの魔術学校出身だったので何回か見た事があった。教師から危険とされて近づかないように言われていたがこの大学は違うらしい。


「今回は、妖精捕まえたチームが総取りな。淫夢を見たい奴らは僕のチームに入ってくれ」


「無限オナニーチームはこっちだ。時間が飛ぶぞ」


「男なら女体化して百合プレイだろ!! まだこっちのチームも募集してるぞ!」


「それ結局男同士じゃねーか!」


「いや、女体化しているから実質……百合!」


 美鈴達の近くのテーブルでは流星寮バカ軍団が盛り上がっていた。

 妖精を捕まえてどうにかする算段らしい。バカだが腐っても東京魔術大学の生徒である。あの男達なら可能にしかねないと身震いした。美晴の横に居たノエルがフンと鼻を鳴らしながら語りだす。


「妖精はネ。人から触れちゃダメなんだヨ。災いが起きちゃウ」


「ノエルさんの育った地域ではそういう信仰があるんですね」


「ソ。でも偶に妖精から寄って来る事もあるノ。その時だけ人は触れていいノ」


「私魔導力ばかりやってたから全然知らなかった……」


 昼休みもそろそろ終わりだ。バカな男達は放っておいて美鈴達は解散となった。

 授業終わりに美晴の部屋でお茶をする話になっている。美鈴が良いお茶を貰ったからである。それを楽しみに午後からの講義を終えた美晴がルンルンで学校内を歩いていると──


「こんにちは。斎藤先輩」


 医療魔術科の斎藤が廊下に突っ立っていた。このご時世にリーゼントなのでよく目立つ。虚ろな目でボーっと窓から虚空を見つけている。ヤクでもキメてるのかな?といった感じで美晴が近づくと、


「真央…………。愛してるぜ」


 急に斎藤が窓に映った自分に話しかけ始め、ついでに濃厚なキスも始めた。

 舌まで使いだしている。正直正視に耐えうるものではなかった。美晴が目を背けようとしていると、空中をふわ~っと光り輝く球体が飛んでいくのが見えた。一瞬美晴を見るかのように動きが停まる。しばし見つめ合い、美晴は廊下の窓を開けた。ノエルが言っていた事を守る為だ。


「これが妖精……?」


 美晴が明けた窓から妖精が外に飛んでいく。

 「頑張れ」と見送っていると追跡していた半裸の男達が球体へと肉薄していくのが見えた。だが、妖精も逃げるだけではない。ある男は発光した球体から発せられた炎に股間を焼かれ悶絶し、またある男は幻覚を見せられているのか手近にいた別の男に襲い掛かり始めた。


「バカ野郎!! 相手僕だぞ!? キス顔は辞めろおおおおおおおおおおおお!!!」


「桜子先輩!!!! 桜子先輩いいいいい!!!!!!!」


「嫌だああああああああ!!!!! この前清春にもされたばかりなのにいいい!!!!」


 何とも醜い地獄のような光景であった。

 それでも心根の優しい美晴は引きはしたものの、先輩達も必死なんだなと生暖かい目線を送っていた。ノエルの言った事は正しいようだった。寮までの帰り道。無数の男達が倒れているのが見える。山田が全身にローションを塗りたくって微動だにしないままY字バランスをとっている横を通り抜けると女子寮が見えた。


「なんだか凄い一日だったな……」


 魔術大学に来たという実感がとても強い一日だった。魔術を見る事は地方でよくあっても、このような現象を見る事はなかった。

 美鈴達が来る前に部屋の換気をしようと窓を開ける。すると──


「うわっ!?」


 妖精が部屋へとすぅ~っと入って来た。

 どうしよう。と美晴の思考が固まる。妖精はふわふわと浮いているだけだ。しばし見つめ合い固まっていると、部屋のドアが開いてノエルと美鈴が入って来た。


「ノエルさん。ノックはしましょう」


「ごめん。気を付けル。美鈴ももうお酒飲んじゃダメだヨ」


「ぐっ……!」


 痛いところを突かれて美鈴が何も言えないでいると妖精の姿に二人が気づいた。ノエルがじぃっと妖精を観察する。魔力がとても安定している。これは危険が無さそうだと判断した。


「だいじょブ。お茶会の準備をしよウ!」


 ノエルの言葉に恐る恐る美晴が動き出しお茶の準備を始めた。

 美鈴は美鈴で最悪狂化して握りつぶせばいいと判断してハナから何も感じていない。湯を沸かし、お茶を淹れてそれぞれ持ち寄ったお菓子を皿の上に並べて写真を撮る。


「それでは乾杯といきましょうか」


「お茶だヨ? ここは流星寮じゃないヨ?」


「でもなんかこの前の事思い出しちゃうね」


「美晴さんまで……っ!」


 美鈴が苦々しげな表情を作るがもう笑い話である。すぐにふっと笑った。

 冗談で言ったのにマジレスが帰ってきて少しだけショックだったが。美晴もつられて笑い、お茶に口をつけようとすると空中に漂っていた妖精が眼前まで降りて来た。


「美晴。優しく撫でてあげテ」


 ノエルの言葉に美晴がゆっくりと手を伸ばして妖精に触れると、パンっと弾けて美しい虹の光が輝いた。魔力が連鎖反応して弾けて美しい色を紡ぎだしては淡く消えていく。綺麗だな、と純粋にそう思った。


「私の住んでタ場所では魔力は人の意志の力って考えられテたノ。だから魔力の塊の妖精を邪な意志で支配しようとすれバ、相応のものが帰ってくるシ、優しい気持ちを込めればそれ相応のモノが帰ってくるっテ信じられてタノ。だから私達は意志の力を大切にシテ、それを歌にしていたノ。祈りを込めてネ」


 ノエルが自分の過去を語るのはとても珍しい事だった。

 自分の気持ちはよく喋るが、自分の出自は全く明かさない。私生活も桜子と同居している以外ほぼ不明だった。人前では魔力文字会話も多いが、最近はよく自分の言葉で話してもくれる。拙い日本語で一部わからない所もはあるが、精一杯伝えようとしてくれたのはとてもよくわかった。


「愚かな先輩達がああなるわけです」


「そう。流星寮の皆はちょっとおかしイ」


「ちょっとどころじゃないけど、あの人達いつも元気で楽しそうだよね」


 美晴の言葉にふふっとノエルと美鈴も笑い穏やかな午後が流れていった。 

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辻本美晴と妖精 おめがじょん @jyonnorz

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