第6話 慰め

 数日後、ソーニャは教会に懺悔に訪れていた。しかし、彼女の心は複雑だった。今までは純粋な気持ちで聖女の言葉を聞けていたが、今回はそうはいかない。何しろ、聖女の「中の人」を知ってしまったからである。


 順番が来て、ソーニャは懺悔室の扉を開け、椅子に座った。


「……聖女様。私は、最近、鍛錬に打ち込めないのです」


 どうしても声の調子が低くなってしまう。それに気づいたのか、「聖女」が問いかけてきた。


「おや、どうしたのですか、騎士様? 今日はあまり元気がないようですね」


 相変わらず美しい女性の声であるが、ユリウスは男性であるはずなのに、どうやって出しているのだろう、とソーニャは疑問に思った。


「……少々、嫌なことがありまして。とある人に、私の信仰を否定されたのです」


 否定した張本人であるユリウスを前にそう言うのは、滑稽であるように思われた。だが、わざとその言葉をぶつけることで、彼がどう対応するのかに興味があったのである。


「まあ、そうだったのですね。そのお方は、具体的にはどうおっしゃったのですか?」

「……」


 「聖女」の声は、普段と全く変わらない。まるで自分とは関わりがないかのような口ぶりである。ソーニャは少し苛立ちを覚えた。


「……神などいない、と言っていました」


 吐き捨てるように言うソーニャの耳に、「聖女」のはっと息を飲む声が聞こえた。


「それは……何ともまた、突拍子もないことをおっしゃるのですね、そのお方は。騎士様もご存知だとは思いますが、リーアス神の温かい眼差しは、常にこのエルイーネを包み込んでいます。ですから、騎士様も、そのような妄言はあまりお気になさらない方が……」

「いい加減なことを言うな!」


 ソーニャはガタンと音を立てて、勢い良く立ち上がった。壁の向こうの「聖女」の声がぷつりと途切れた。


「貴殿は……貴殿は、神など信じていないのだろう? だというのに、このような場では殊勝に『聖女』らしく振る舞っている。その態度が癪に障るのだ! いったいどの面下げて、人々の懺悔を聞いているのだ。信仰心のない貴殿に、『聖女』たる資格などない! 私はこれで失礼する!」

「騎士様、お待ちください! わたくしは……」


 「聖女」の止める声に構わず、ソーニャは懺悔室を後にしようとして、出入り口の扉に頭をぶつけた。痛みに涙を滲ませながら、ソーニャはバタバタと出ていった。順番待ちをしている人々が皆、彼女の方を見ながら、何があったのかしら、などとひそひそ話し合っていた。


「……やっぱり、あんなに聖光教のことをボロカス言われた後じゃ、そりゃああんな態度にもなるか。ま、しゃあねえな」


 一人残されたユリウスは、ぼそりと呟いた。









「ソーニャ、どうしたの? 最近、元気ないね」


 訓練の最中、オリヴェルに声をかけられ、ソーニャははっと我に返った。


「え、ソーニャ? もしかして、ぼうっとしてた?」

「ああ……私としたことが、ついうっかりしていた」

「ソーニャともあろう人が、珍しいね。何かあったのかい?」


 気遣わしげに顔を覗き込んでくるオリヴェルに、ソーニャは首を横に振る。


「いや、大したことはない。ただ少し、不快なことがあってな」

「何、不快なことって? 誰かに何かされたのかい? 俺でよければ、話を聞くよ」

「……ありがとう」


 ソーニャは一度剣を置き、オリヴェルを誘って休憩することにした。


「実はな、とある人に、神などいないと言われたんだ」


 その告白に、オリヴェルは目を瞬かせた。そして、数秒遅れて、「えーっ!?」と叫んだ。


「おい、オリヴェル。声が大きいぞ」

「あ、ああ、ごめん、つい。あんまり衝撃的だったから……」

「そうだろう? あり得ないと思うだろう?」

「うん。神様は、常に俺たちを見守ってくれてるって、小さい頃から散々教わってきたからね。まさかそれを否定する人がいるなんて、思いもよらなかったよ。……で、その『とある人』って、誰なんだい? 知り合い?」


 まさか聖女だとは言えなかったため、ソーニャは適当にごまかすことにした。


「そうだな、まあ最近知り合った人だ。……本当に、意味が分からない。理解しかねる」

「それが君の悩みの種だったんだね。君は特に熱心に聖光教を信仰してるから、傷ついただろう? その人も、困った人だね。大切なものを貶められて、いい気分になる人なんていないっていうのに」


 オリヴェルはため息をついた。ソーニャは彼の言葉にいくらか慰められ、少し元気を取り戻した。


「……話を聞いてくれてありがとう、オリヴェル。おかげで吹っ切れた。誰に何と言われようとも、私は、私の信仰を貫こうと思う」


 ソーニャの宣言に、オリヴェルは優しく微笑んだ。そして、両手で拳を作った。


「その意気だよ、ソーニャ。そんな人の言うことなんて気にしちゃ駄目だ。……また、悩みがあったらいつでも相談してね」

「ああ、そうさせてもらう」


 ソーニャは一つ深呼吸をすると、再び剣を取った。


「オリヴェル、行くぞ。訓練再開だ」

「あっ、待ってよ、ソーニャ! ああもう、本当に足が速いなあ、君は」


 オリヴェルはかなりの速さで駆けていくソーニャの後を、懸命に追った。

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