第5話 聖女の真実
三日後の夜、ソーニャは再び教会を訪れた。相変わらず音痴な歌声が聞こえてきて、ソーニャは耳を塞ぎたくなったが、なんとか我慢して例の開いている窓まで辿り着いた。
「おっ、来たな。ずっと待ってたんだぜ、あんたのこと」
ユリウスは窓から顔を出して、ソーニャに笑いかけた。その頭にベールはない。一方のソーニャはやや不満げな表情をしている。
「ユリウス殿。その歌、もう少し何とかならないか?」
「何とか、って?」
「失礼を承知で有り体に言えば……下手なのだ、貴殿の歌は。貴殿も聖女様ならば、幼い頃から賛美歌に触れてこられたのではないのか?」
ユリウスは肩をすくめた。
「そんなこと言われたってなあ、俺には歌の才能がねえんだよ。しょうがねえだろ? 努力じゃどうにもできねえことだってあんだよ。分かんねえかなあ」
「……ならば、歌わないようにするという選択もあるはずだが」
「何だよ、歌ぐらい好きに歌わせてくれよな。別に誰に聞かせるわけでもねえんだしさ」
「私が聞いているのだ」
「じゃあ、あんたが我慢すりゃいいだけの話じゃねえか」
「……」
ソーニャは大きなため息をついた。どうしてもやめるつもりはないらしい。彼女は諦めることにした。
「ところで、貴殿は、聖光教をあまり熱心には信仰しておられないようだな。この間も、『神はいない』だの、『しょうもない懺悔』だの、おっしゃっていたようだが」
「おっと、聞かれてたか。まあでも、実際そうなんだから、しょうがねえな」
悪びれる様子のないユリウスに、ソーニャは不快にさせられた。そして、彼を問い詰める。
「なぜ、そのような不敬なことを堂々とおっしゃる? 今この瞬間も、リーアス神は我らを見守っていてくださるのだ。あまりにひどい発言をすれば、きっと神罰が下る。……それに、私は本気で懺悔をしているのだ。聖女様の……すなわち貴殿の言葉に、幾度となく励まされてきたのだぞ。貴殿はそれを全て否定なさるのか?」
ソーニャがそう言うと、何を思ったのか、いきなりユリウスが両手を広げて目を閉じた。そして、そのまましばらく黙っている。
「……ユリウス殿? どうかなさったか?」
謎の行動に、ソーニャはただ困惑した。すると、ユリウスがぱちっと目を開け、したり顔でソーニャを見てきた。
「どうだ、神罰なんて下らなかっただろ。これこそ、神なんていねえことの証拠だ」
「……な、何をなさるのかと思えば。神罰というのは、必ずしもすぐに目に見える形で下るとは限らないぞ。神のお怒りは凄まじいだろうから、非常に恐ろしいものにはなると思うが」
「へー。で、具体的にはどういう形で罰が下るっていうんだ? 教えてくれよ、騎士サマ」
首をぽりぽりと掻きながら、ユリウスは問うてくる。ソーニャは答えに窮した。
「そ、それは……私は経験したことがないから、分からないが。というか、そういうことには貴殿の方が詳しいのではないのか? いやしくも聖女様であられるのだから」
「は? 知らねえよ。聖女だからって、何でも知ってるとか思ってほしくねえんだけど」
「……そうか……」
うまく反論できず、ソーニャは少し悔しい思いをした。ユリウスは彼女に構わず続ける。
「で、ああ、懺悔の件だっけ? まったく、どいつもこいつも毎日毎日来やがって、よく飽きねえよな。神が自分の罪を許してくれるかだって? 俺が知るわけねえだろ。第一、神なんていねえんだからよ。
「……だが、皆、貴殿の言葉にすがって生きているのだ。貴殿に救われたと思う人々は、かなり多い。私もその一人……だった」
「へっ、人の話聞いて、適当に良さそうな言葉選んで返事してりゃ感謝されるなんて、いい商売だよな。……そういうこった、ソーニャ。俺のあの言葉は、全部上っ面だけの薄っぺらいものさ」
「そんな……」
ソーニャは雷に打たれたような衝撃を受けた。そして、今まで信じてきたものががらがらと音を立てて崩れていくような感覚を覚え、彼女はへなへなとその場にくずおれた。ユリウスはそんなソーニャを見て、ふんと鼻を鳴らした。しかし、ソーニャはすぐに立ち上がり、ユリウスを
「貴殿がどう言おうが勝手だが、私は決して聖光教とリーアス神への信仰を捨てたりはしない。私は、聖光教に救われたのだ。その恩義は、一生涯忘れることはない」
ソーニャの決意表明に、ユリウスは目を丸くした。しかし、すぐに薄笑いを浮かべる。
「ほう、聖光教も随分と敬虔な信者を得たもんだな。俺にこんだけ言われてもすぐ立ち直るなんて、見上げた根性だぜ。……なあ、ソーニャ、教えてくれよ。何であんたは、そんなに聖光教を深く信じてるんだ?」
その言葉に、ソーニャは眉間のしわを深くした。そして、
「貴殿のような信仰心の薄い者に、そのようなことを教える義理はない! ……ああ、不快だ。もう貴殿の顔など、二度と見たくない!」
と言い放ち、くるりと背を向けて歩き出した。
「おーい、ソーニャ。またいつでも来ていいんだぜー。俺は待ってるからなー」
ユリウスの声を背中で聞きながら、ソーニャは足早に立ち去った。
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