『一夜の過ち』魔法のiらんどショートストーリーコンテスト作

岩名理子

一夜の過ち

――恐ろしい事態になっていた。

 

 ベッドの脇にはなぜかブラだけが落ちている。

 

 会社帰りに、すぐさま待ち合わせして会ったことを思い出す。でもここは自室でなくて見知らぬ部屋。横には――


 そうだった、酔いが覚めてないのか頭がまだ回ってない。先日友達になった男の子だ、大学生の。あれから少しずつ話すようになって、結局すごく良い子だった。年下だけど、どうしようかって躊躇って。大学に通い始めてからも、ずっと好きでした、お願いです、と押しに押され――。それなら、と付き合ってもいいかと考え始めたころだ。でもこれは。


 互いの着衣の乱れを確認する。

 普段、寝相が悪いので、そこそこ乱れてはいたが、想定よりも酷くはない。


 彼も衣服を着たままだ。というか、あれ、お風呂でも入った? ええと、彼はパジャマか。なにも、たぶん、ないな。たぶん。ほっと息をなでおろす。


 ……いや、でもなぜブラが?


 壁に貼られたアナログ時計の針は、11時を指していた。


 電気をつけたままお互いに眠ってしまったのか、部屋は明るい。

 そして、まんま真横で抱き着くように、すうすうと彼は寝息を立てている。


「ちょっと、ちょっと、起きて」


 手をべりっと引きはがし、ぺちぺちと頬をたたき、反応を見る。


「なんですか……もう飲めないですって、勘弁してください」


 ひどくねぼけているな。

 耳たぶをつまみ、むりやり起こす。

 

「居酒屋で飲んでから、記憶がないのよ。昨日、何が起こったか、教えてくれる?」 


 目をこすりながら、彼はふわあとあくびをした。


「……え、ほんとうに、いいんですか?」


 ちょっと聞きたくなくなった。が、聞いておかないと。


「えっと、居酒屋で飲みはじめてからですね」


 うん、と私は頷き返した。


「日頃の上司の恨みじゃ! っていいながら、ガンガン飲んでいて、そろそろ終わりそうな時間だったかな。急に――俺の顔をみて、かわいいよねって。そのまま俺にキスをしてきて――しかも、舌まで入れてきたので――いやいやマズいな、って思って、必死で止めました。会計を済ませている間、他の人に飛びかかろうとして――なんとかとり押さえて、そのまま店員さんにタクシーを呼んでもらって、俺の家に」


 ……聞くんじゃなかった気が。

 本当に恐ろしい事をしてた。


「えっと、その辺りはいいわ。そうじゃなくて、家に帰ってきてからの事」


「それをなんとか寝かせて風呂に入ってたら、勝手に冷蔵庫にあるチューハイを取り出して、『酒の海じゃ! 酒池肉林じゃ!』 って。叫びながら、せっかくはった湯舟に酒を豪快にいれようとしたから、これも必死でとめました……ああ、あれは酷かった……俺、裸だったし……」


 あ、ちょっと涙目になってる。嘘でしょう、といいたいが証拠らしきチューハイがドアの前に何本か置かれてた。


「それに」


 え、まだ続きがあるの?

 さらに恐ろしい事をしでかしてたらしい。


「まあ、そこまででいいわ……落ちてるそのブラについて、教えて?」

「意味が分からなかったんですけど、自分で取ってましたよ」


 寝ている時のブラは邪魔だもんな。うん、それは……意識せずとも、やったかもしれない。


「それにしても、他にもいろいろと大変でしたよ! 責任とってくれますよね!?」

「ごめん! ごめんなさい!!」


 謝ることしかできない。


 ん、でも責任ってなに!?

 ああ、そうか。無理やりキスをしたとか、そんなことを、さっき、そういって――。


「えっとまあ、じゃあ……『一夜の過ち』、ってことでいいかな?」


 誤魔化すべく私はあはは、と笑った。


「ああ、そうきましたか。『一夜の過ち』――で。少し残念な気もしますが――とりあえず、今日はそういうことにしておきましょう」


「今日は?」


 彼はスマホを私に見せた。どうしてだろうと思うと、時刻は『23:05』となっている。一瞬混乱し、アナログの壁時計を見やる。寝て、起きたから、てっきり私は翌朝になっていると思いこんでたけど、実は――


「まだ、……?」


 肯定するように、彼は薄く唇の端をあげた。


 飲み始めたのは確かに18時、2、3時間の飲み会、二次会無しで帰ってきて、お風呂に入ろうと――ひと眠りすれば、確かにその時間でもあり得る。思考は途中で中断された。ベッドがぎし、と軋み沈み込んだからだ。向かい側に、彼が座ったからだ。私の瞳を覗き込んだ。……距離が近い。まだ、酔いが覚めてない。私も、そして、


「じゃあ、宣言通り。これから。『一夜の過ち』とやらを」


 ゆっくりと口角があがる。そうして私の唇を親指でなぞると、彼の瞳の中にある炎が、静かに揺らいだ。

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『一夜の過ち』魔法のiらんどショートストーリーコンテスト作 岩名理子 @Caudimordax

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