最終話 リンも、ベイズやコペンと同じ
「そうだと思う。アキラの宇宙は話したかった。ほかの宇宙と、ほかの宇宙の子供たちと」
リンは淡々と答えたが、以前のような無感情、無機質な雰囲気は無かった。その言葉には静かな悲しみと寂しさを纏わせていた。
つまり、わたしを通して、別の次元(宇宙)と交流したかった? 別の宇宙の代表がコペンやベイズってこと?
「わたしは、あきたんの宇宙に呼ばれたの? あきたんの次元に行ったのは、わたしの自由意志ではなく決まっていた、とでも言うの? ねぇ、答えてよ!」
ベイズが掴みかからんばかりの勢いでリンに詰め寄った。今にも泣きそうな顔だった。なぜ、そんなに悲しそうなんだろう?
「ベイズ。あなたは、あなたの意思によってアキラの元へ訪れた。あなたの意思がなければアキラとの邂逅はありえなかった」
ベイズをまっすぐ見据えてリンは言った。
「そう、そうよね……」
ベイズはへなへなと力無く膝をついた。
「アキラ。あなたも、あなたの意思によって生きてきた。そこに宇宙の意思が介在する余地など無かった」
わたしはベイズに手を貸して立たせながら言った。
「ちょっと、スケールが大きすぎて分からないけど」ベイズの膝の砂を払う。
「わたしの宇宙は、わたしになにをさせたいの?」
わたしはリンを見つめた。感情は読み取れなかった。
「なにも。なにもしなくていい。あなたはあなたの平凡な、失礼。普遍的な人生をあゆんでくれれば、それでいい」
「…………」
ちょっと気を遣うことを覚えてるんじゃないよ!「それで、リンの望みをもう一度聞かせてもらえるかな。『共生』って言っていたけど」
わたしは、まるで妹に話しかけているみたいだな、と思いながら聞いた。見た目はわたしだから、双子みたいだ。ベイズも別次元のわたしだけど、見た目も少しだけ違いはあった。
「そう。わたしの望みは、あなたとの『共生』。望むものは、なんでも出せるよう努力する。どうか、ここでわたしと一緒に生きていって欲しい」
リンの表情が微かに歪む。泣きたいのを我慢しているみたいに。まるで、もうわたしの答えを知っているかのように。ただの確認作業だ、とでもいうように。
「ごめん。わたしはここでリン生きていくことは出来ない。自分の世界が好き。もどりたい」
平凡かもしれないが、家族、友達、学校、街。それらはわたしにとって、とても大事なものだった。
「……そう」
リンの右目から雫が伝って落ちる。星あかり一瞬照らされて、それは流れ星のようだった。確かな感情の現れだった。
「だから、一緒にわたしの次元で暮らそう」
自然と口をついてでた言葉だったけど、わたしは驚かなかった。
「……!?」
リンが目を見開く。
「あきたん!?」
ベイズが驚いた声を上げる。つづけて、
「あきたん、本気!? 犬猫拾うんじゃないのよ!」
「お母さんには、生き別れの双子っていうよ」
焦りまくっているベイズとは対照的に、わたしは冷静に言う。
「あきたんのお母さんには唯一絶対に通じないでしょ、それ!」
「どう? リン。わたしからコペンに、もうひとつ次元跳躍装置を作ってって頼んでみるよ。ベイズもきっと協力してくれる」
ごめんだけど、申し訳ないけどベイズはスルーさせてもらう。
「…………」
リンはぼんやりとした顔をしていて、わたしの問いかけに反応しなかった。
「…………」
わたしは、なにも言わずリンの答えを待つ。ベイズも、もう何も言わなかった。静寂がこの場を支配している。
「…………」
リンはまだ、固まったように動かない。なにか、よくない症状でもでてしまったのかと心配になってきたとき、つーっと両眼から涙があふれでた。
「リ、リン!?」
わたしは驚いて声をあげる。そして、おもわずバスタオリュックを外してリンの顔に押し付けた。
「わぷ」
声にならない声をリンがあげた。
「あ、ごめん」
いけない、いけない。すこし焦っちゃった。こんなに泣くとは思わなかったんだもん。
バスタオリュックをどけると、リンは笑っていた。
自然な、わたしたちと同じような笑顔。頬がほんのり紅潮していて、眼を赤くしていた。そして口を開いた。
「ありがとう、アキラ。すごくうれしかった。これがうれしいって感情なんだ。うれしくても涙が出るんだね。わたしはさみしいという感情しか知らなかった。でも、アキラはわたしに悲しいとか、うれしいという感情を教えてくれたね」
しかし、リンは首を横に振った。
「でも、それはできない。わたしは、この宇宙に対して責任がある。わたしは、あなたたちがラブロック次元と呼ぶ存在そのもの。アキラの言葉を借りれば、『この世界が好き』」
「そう、なんだ」
リンとの生活を思い浮かべていたのに。狭いけど、一緒の部屋で生活して、一緒に学校に行って、一緒にご飯食べて。そして、コペンやベイズが遊びに来るの。わたしは、次元がおかしくなるからやめてっていうけど。本心ではうれしくて。
そんな未来を、思い浮かべていたのに。
「ああ、ありがとうアキラ。わたしの孤独を癒してくれて」
「リン……」
もう、リンにしてあげられる事って、何もないの? このまま、リンをラブロック次元に残して行くことしかできないの?
「あきたん……」
ベイズも神妙な顔をしている。珍しく。
そして、気を取り直したように、
「また、リンに会いに来ればいいでしょ! わたしがあきたんを連れてきてあげるわよ」
と、自信満々に言うベイズ。
「ふふっ」
リンが笑った。わたしも笑った。ベイズも笑っている。薄ぐらーい空の下で、わたしたちは笑いあっていた。
「そうだ、リン。どうせならもっと豪邸出してよ。ちゃんとしたベッドや、洗濯機、ああ、あと食べ物よ! 食べ物! もうコンポタは飽き飽き!」
それからのラブロックの生活は贅沢なものだった。ふかふか布団に、あらゆる服。シャワールーム。リンに色々な食べ物も出してもらった。なんか味や見た目が違って、わたしたちは大笑いしていた。
空はもっと明るくなって、周りは色とりどりの花々で溢れた。生き物は……無理だったけど。夜は三人で川の字で寝た。リンもベイズも、わたしの隣を譲らなかったから、いつもわたしが真ん中だった。そんな、夢のような生活が、終わりを迎えようとしていた。
「じゃ、行くわ」
ベイズはわたしの次元の、わたしの部屋でコペンと待ち合わせているらしい。そこで合流し、わたし用の次元跳躍装置を完成させているはずのコペンを連れて来るのだ。
「ねぇ、ベイズ。この計画って、けっこう綱渡りじゃない?」
わたしは心配になって聞いた。
「そうよ! まず、わたしがあきたん部屋に跳べなかったら、そこで終わりね! それに、コペンの作った装置でここに来れなかったら終わりだし、あきたんがコペンの装置で跳べなかったら終わりね!」
なんで絶望的な状況を仮定して、こんなに楽しそうなんだろう。
「じゃ、アキラがここに残ってくれる可能性はあるのね。ふふっ」
まぁ、リンさんってば。冗談を飛ばせるようになったのね。すごい成長でお母さんうれしいわ。
「じゃ、今度こそ行くわ!」
ベイズは次元跳躍マシン、変な骨組みヘルメットを意気揚々と被った。その瞳には、失敗するなんて微塵も思っていない自信がみてとれた。
マシンが起動する。ベイズが目を閉じる。ベイズのマシンは、細かいことは分からないけど、『信念』で跳ぶ次元を調整するらしい。邪魔をしないように黙る。
やがてベイズの姿がぶれていき、そのうち姿が見えなくなった。跳躍成功かな。初めからそこには、誰もいなかったようだった。
わたしはリンの手を取った。あたたかい。リンもぎゅっと手を握り返してきた。
きっと、みんな上手くいく。でも、それはリンとの別れを意味していた。
「アキラ。あなたのこと忘れない。わたしは今後、何千億年と生きる。あるいはもっとかもしれない。それでも、アキラと出会えたことで、わたしは真の孤独じゃないわ」
素敵な笑顔だった。絵画にして、ずっと保管しておきたいくらい。絵の勉強をするのもいいかもね。
「そうだね。わたしもリンのこと忘れない。リンも、ベイズやコペンと同じ、姉妹みたいな子だからね」
もしくは娘かもね。 わたしたちは、穏やかな日差しに照らされながら、お互いの手の温もりを感じていた。
―完―
別の次元の『わたし』がヤバい!? 多元宇宙の双子 国久野 朔 @kunikuni04
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