第9話 「友達、わたしたち?」

わたしもちょっと焦り、彼女の横に近づいた。

フォトンアーマーの光が鳥居の赤い柱に反射して、影をより不気味に浮かび上がらせる。

彼女はスマホに繋がったボールペン装置を片手に、「波長が……え、次元がひずんでいるよ! まるで次元跳躍の時みたい!」と叫ぶように言った。

わたしには何のことかさっぱりだけど、その真剣な顔見てると、ちょっと頼もしく見えてきた。今度は逃げなかったしね。

  影は徐々に形を成してきた。ぼんやりした輪郭が、少しずつ人の形に近づいて、女の子の姿に見えてきた。長い髪が風もないのに揺れてて、顔は霞がかかったみたいに曖昧だった。ぼんやりとしか見えないが、白衣のように見える衣服がはためいたように感じた。

「本当に……幽霊なの?」 

わたしが呟くと、彼女が「待って、データ見てみる!」と装置が繋がったスマホを操作する。

ピピピピッと音が一段と早くなって、彼女の目がキラッと光る。

「これは……やっぱり次元のゆらぎ! 別の次元の存在が一時的にこっちに漏れてきてるんだ!」

「漏れてくるって何!? どういうこと!?」わたしが慌てて聞き返すと、彼女は得意げに胸を張った。「つまり、この影は幽霊じゃないよ。別の次元の人間が、次元のひずみでこっちに映ってるだけ!」「映ってるって…テレビみたいに?」

「うん? うん、まぁそんな感じ! でも、実体は向こう側にあるから、触れないし、こっちに影響もない、はず!」

そんな感じって。てきとうだなぁ。

「はずって…自信なさげじゃん!」 

彼女が「まあまあ」と手を振って誤魔化してる間に、影が一瞬だけ鮮明になった。女の子の顔がほんの少し見えて、驚いたような表情が浮かんでた。

目が合う瞬間、ゾワッと鳥肌が立ったけど、次の瞬間にはまた点滅に戻って、輪郭がぼやけた。そして、雲散霧消していった。 

わたしは思わず後ずさりして、「今、こっち見たよね!?」と叫んだ。

「見た見た! 反応してる! すごいデータ取れてるよ!」 

彼女は興奮しすぎて、スマホの画面を片手で器用にバッチバチ操作している。スマホ、壊れるんじゃないか。知らないけどさ。

  そんなことよりわたしは「データより状況説明してよ!」と抗議したけど、彼女は「後でまとめるから!」と一蹴してきた。

ほーんと、こいつのペースに巻き込まれると疲れる。 



その後、彼女が「もっと詳しく調べる!」と意気込んで、装置を片手に境内を歩き回っている。

「ふんふん。次元のゆらぎの残滓が――」  とか何とか言ってる。 

しばらくすると、彼女が「あ!」と、声を上げた。

「なに、どした」

  若干疲れつつも一応聞く。 

「あぁ、いやぁ」 

なんだか歯切れが悪かった。さてはまた、なにかやらかしやがったな。

「言いなさい。ここまで付き合わせて、誤魔化せると思わないでよね!」

ちょっと叱るような声を出すと、彼女はビクッときゅうりを見た猫のように身をすくませた。

「あ〜、それがね。もともとここは次元のゆらぎが生じやすい、それはそれは珍しい場所でして」

「それで?」

「それだけです……」

  急に敬語になったり、挙動不審だったり、明らかにそれだけじゃないだろ。

わたしは彼女の首根っこをつかんだ。

「ちゃんといわないと、もう二度と助けてあげないからね!」

「うぅ……」 

彼女は唸った。しかし、唸ったところでわたしが許しはしないということを理解していたようで、ポツリポツリと語り出した。

「いや、この神社が、次元のゆらぐ場所っていうのは本当なんだけど」

「けど?」

「うぅ……。本来なら、こんな他次元の映像が見えるわけはないのね」

「それで?」

「えぇっと、だから、その。最近、次元ゆらぎを引き起こすような、次元の異常がこの近くで起きたわけで……」

なるほど、つまり……。

「お前のせいじゃないかっ」

  思わず声を荒らげてしまう。こんなのわたしのキャラじゃないのに。

「えーん、ごめんなさーい!」

結局、この騒動は全部コイツのせいだったのだ。思えば、コイツの出現から幽霊騒ぎが始まったわけで、無関係だと考えるのは、はやかった。

結論は幽霊ではなく、他次元の人物が見えてしまった、というだけだった。女の子がこっちを見てたのは、多分向こうでも何か異常を感じてたんだろう。

……いや待って、他次元の人物が見えただけってなんだ、見えただけって。十分異常事態だ。もう、コイツのせいでちょっとやそっとじゃ動じなくなってしまった。そりゃキャラも変わろうというものだ。


  わたしがとりあえずの結末をどうにか飲み込もうとしていると、「あのぉ、帰ってもよろしいでしょうか」と全ての元凶が腰の次元跳躍デバイスをいじりながらおずおずと口を開いた。

その、シュンとした姿を見て、わたしは何も言えなくなってしまった。

「いいけどさ、でも、もう次元跳躍はしない方がいいんじゃないかな」 

あんまりわたしもこんな事をいいたくない。ないのだが、またこんな風に次元の異常事態を引き起こされたらたまらない。もっと大きな問題が生じたっておかしくないんじゃないか、そう思ってのことだった。

「……うん」 

彼女はシュンとしたまま、けれど素直に頷いた。「せっかく、友達になったところ悪いんだけどさ」

  わたしのその言葉に、彼女はパッと顔を上げた。「友達、わたしたち?」

  普段自信満々なのに、人間関係には随分と臆病な子だった。なんだか急に愛おしくなり、今くらい優しくしてやってもいいかな、と思った。

「そう。いっしょに宿題やったり、冒険したり、一緒に写真撮ったり。それはもう、友達でしょ?」「うん……うん!」

  しおらしい態度から、急にぱっと笑顔になった。笑うとやっぱり可愛いな。これって、一種のナルシスト? そこから少しお話し、軽くハグをした。

身長も同じだから、顔が近くって、少し照れくさかった。結構長いことそうしていたと思う。

でも、彼女もずっとそうしている訳にはいかないとわかっていたのだろう。

自分から身を離し、「じゃ、行くね」と言った。「うん。ばいばい」と、わたしは言った。

「ばいばい」

  そう言って、

彼女は、

腰の装置のスイッチを入れたのだった。 




今回の一連の出来事でわかった事がある。宇宙はたくさんあること。次元を移動しようとする人間がいること。自分は変えられるということ。そして、幽霊って意外と、別の次元の人が見えちゃっただけなのかもね、ってこと。

  もうここからは余談なんだけど、わたしは少し、学校で人気が出た。主に女子から。どうも、頼りがいが出たとか、男らしくなったとか、わたしのような乙女には嬉しくないような理由だった。

  友達のいない子に付き合っていたら、友達が少し増えたのだった。

わたしは、たまに机のなかの、あの『ポンコツ通信機』を取り出して眺めていた。

今になって思えば、夢みたいな出来事だったな。

でも、この通信機の存在が、あの子が夢じゃなかったって教えてくれる。

渦中の時は面倒だし、疲れるし、いいことなんか何も無いって思っていたけど。  今は感謝している。



不思議な不思議な、もう一人の自分との出会いと。


  

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