第8話 フォトンアーマー
結局家に逃げ帰った時、彼女の姿はなかった。
石段を転がるように駆け下りて、息を切らしながら玄関のドアをバタンと閉めた瞬間、静寂が耳に痛いくらいだった。
アイツめ、自分から「観測しに行こう!」って言い出したくせに。あの「ぴえぇぇえー!」って奇声と一緒に走り去った背中が脳裏に焼き付いてて、思い出すたびにムカつく。
走って逃げてる最中に自分の次元に戻ったんだろう。次元跳躍デバイスを腰に巻いてたんだから、スイッチ一つで消えられるんだろうね。はた迷惑なやつだ。本当に。
でも、あの白い影――幽霊らしきもの――を見た衝撃は、そう簡単に頭から消えなかった。
それから二週間。季節はますます秋っぽくなって、朝の空気が冷たくて布団から出るのが億劫になってきた。通学路の街灯が点灯する時間が早くなってきて、夕方になるとオレンジ色の光がアスファルトに長く伸びてる。
わたしはそんな日常に埋もれて、あの騒動を忘れようとしてた。いや、忘れたかった。
でも、頭の隅で「アイツ、また来るんじゃないか」って予感がチラついてたのが正直なところ。
ある日、学校から帰ってきて、いつものように部屋でダラダラしてた。時刻は17時。ベッドに座って、窓の外を眺めてた。夕陽が沈みかけてて、空が紫がかったオレンジに染まり、カーテンが微かに揺れている。
外では近所の子供が自転車で走り回る声が遠くに聞こえてた。「無邪気でいいな」そう、ポツリと呟いた。
うちは母子家庭で、母親は仕事でいつもいなかった。部屋の中は静かで、何もない空間を見つめてると、何か落ち着かない気分になってた。漫画雑誌でも読もうかと手を伸ばした瞬間――。
ふっと、空間が歪んだ、気がした。 わたしは「あ、やっぱり」と半ば諦めた気分で顔を上げた。「リベンジよ!」
聞き慣れた声が弾けるように響いて、目の前にマント姿のヤツが現れた。黒無地の安っぽいマント。来るだろうな、と思ってたから驚きは少なかったけど、こんな予感が当たる自分に嫌気がさしてた。
とりあえず、コイツの頭をスパーンと叩いてやった。乾いた音が部屋に響いて、マントが少しずれる。
「いたーい! なんでぇ?」
彼女が頭を押さえて抗議してきた。
「なんでもなにもないでしょ! 言い出しっぺのアンタがそっこーで逃げ出すな!」
わたしは腕を組んで睨みつけた。
彼女は「うっ」と一瞬目を逸らしたけど、すぐににこりと笑って立ち直った。
「逃げたんじゃないよ! ちょっと準備不足だったから、アイテムを作成してきただけ!」
「アイテムぅ?」
またなんか胡散臭いもの持ってきたんじゃないだろうね。わたしが半目で疑いの視線を向けると、彼女は得意げに胸を張って、
「見よ! 名付けてフォトンアーマー《光子の鎧》!」
と叫びながらマントをバッと取った。
その瞬間、シーン……と部屋に妙な静寂が広がった。
大仰な名前の割に、それは……「何これ。ライトがいっぱい着いた服にしか見えない。」
そう、これまた安っぽい薄手のコートに、5センチ程度のLEDみたいな物体が多数、雑多に貼り付けられていた。
なにコレ。 彼女はわたしの反応に気づいたのか、「待って、待って!」と慌てて言い訳を始めた。
「見た目はアレだけど、機能はすごいんだから! スイッチを入れると、こう!」
胸辺りのボタンを押すと、「うわっ、眩しい!」部屋が眩いばかりの光に包まれた。LEDが一斉に点灯して、まるで水面のように光が乱反射。目を開けていられないほどで、わたしは思わず腕で顔を覆った。
彼女の笑い声が「どう!?」って響いてくるけど、眩しすぎて返事どころじゃない。「何!? これで幽霊退治でもする気!?」
わたしが叫ぶと、彼女は光の中でポーズを決めてきた。
「すごい、明るい! 怖くない!」
「アホだ……」
頭いいんじゃ無かったっけ、この子。わたしは眩しさに耐えきれず、「消せ!」と叫んだ。
彼女は「えー、もうちょっと見てよ!」と渋ったけど、わたしの剣幕負けたようでスイッチを切った。
光が消えて、部屋が元の明るさに戻ると、彼女は「ふぅ」と息をついて満足そうに笑ってた。
夜の神社に着いてから、彼女は早速フォトンアーマーを起動した。ピカピカ光るLEDが薄暗い境内を照らし出して、部屋じゃ思わなかったけどまるでクリスマスツリーみたい。
わたしは少し離れて見守ってたけど、正直『近所の人に通報されたらどうしよう』って気が気じゃなかった。
こんな怪しい光景、絶対誰かに見られたらヤバいよね。彼女はそんなわたしの心配なんてお構いなしに、「準備OK!」とウキウキしながら謎の装置をいじってる。
「ねえ、本当に大丈夫? 前回は逃げちゃったじゃん」
わたしが半信半疑で言うと、彼女は振り返ってニヤッと笑った。「今回は大丈夫! フォトンアーマー《光子の鎧》があるから!」
「その、かっここうしのよろい、って言わないとダメなの……」
と呟いたけど、彼女には聞こえてなかったみたい。
その時だった。鳥居の向こうの空間が、微かに揺らいだ気がした。風が止まって、空気が一瞬重くなる。境内が不自然な静けさに包まれた。わたしは息を呑んで目を凝らした。
空間が揺らぐ。彼女が次元移動をしてくるみたいに。えっ、嘘でしょ。まさか幽霊じゃなくて、また次元を越えようなんてヤツがいるの? どうなってるんだ異次元。
そんなことを考えてる間に、白い影が現れた。前回と違い、今度はわたしたちも境内にいる。つまり、目の前に出現した。今度は逃げずに観察しようと決めてたから、足を踏ん張ってじっと見つめた。影はぼんやりしてて、輪郭が定まらない。残像みたいに、存在が不安定だった。
「……ねえ、また出たよ」
わたしが小声で言うと、彼女が「センサー起動!」と叫んでボールペン装置を構えた。
ピピッピピッと音が早くなり、先端が緑色に光る「次元のゆらぎだ! やっぱり異常がある!」
「え、ホントに!?」
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