不登校中学生の卒業

要想健琉夫

不登校中学生の卒業

 私Kは、この日が来る事を危惧していました、それは昨晩からその明くる日まで、(つまり今日までです)危惧していた事でもありました。

それこそ、昨晩も寝付くのに三十分は掛かった程の物です。


 それは、中学校の卒業式に行くか、行かないか、と言う事です、私はこの選択を迫られる事を、今週の月曜日から大いに恐れていました。

そうして、その事を考えていると、自己嫌悪に近い感情が湧き出てきて、それは億劫な物でした。


 この文章を見て、卒業式に大いに悩んでいる、この様子を見て、お気づきかと思いますが、私は中学1年の10月辺りから不登校を拗らせていました。

度々、学校には、特別行事だとか四時間授業だとかで、最近は行く様に成りました。


 しかし、卒業式は今挙げた物と比べれば、訳が違うのです、卒業式は練習もありますし、何よりもその式典と言う形は大いに私を追い詰めました。

 

 そう、私は在りもしないとは言えませんが、練習も無しに行う卒業式に心底不安を抱いていました。

 

 そうして、式典と言う形も、私にとって、不安でした、第一に私の様な、ロクに学校に行かなかった様な生徒が出て良いのだろうか、そう考える事もありましたし、将又、親に見られる、入場の際、注目を浴びてしまう、そんな事も不安、悩みの種として、ありました。


 私のこの悩みは、一日中、付き纏ってきました、甚だ鬱陶しい限りです、今日昼前にバスでショッピングモールに行った時だって、様々な文庫本をそのショッピングモールの書店で見ている時だって、昼下がりから病院に通院した時だって、その悩みは付き纏ってきました。

それこそ、病院の先生に軽い相談を吹っ掛けた程です。

父と母が、私が行く体で話を進めていた事を愚痴ったりもしていました。


 それで、一日の半分を終えた、十七時頃、悩みは増々、含みを増し、ただただ膨大と成っていくだけでした。

 

 その間、担任の先生が家にやって来たりして、明日の卒業式の事を話したりました。

 

 それも相まって、私は追い詰められていきました、自分で決めればいいと言いますが、それが一番難しいと言う事をどうやら、彼らはご存じない様でした。


 私は大いに悩んだ結果、その悩んでいる最中に、母に苦言を呈したりもしましたが、私の中で何かが吹っ切れたと見え、行こう、行ってやろう、そう、十九時前に思い付きました。

 

 その後からの、私はある程度調子が良かったと思います、直ぐに風呂に入り、寝る前の歯を磨き、二十一時にはベッドに入りました。

その時もやはり、リラックスしているものの、余り寝付けず、体制を変えたりなどして、その退屈な時間に精一杯の反逆を呈しました。



 五時辺り、私はスマート・フォンのアラームの音で目を覚ましました、部屋はまだ暗くて、珍しく早起きをした事を思い知らされました。

 

 私は、布団を退かし、ベッドから降り立って、自分の部屋を出ました、階段も廊下もリビングも当然灯りが消えていて、私は階段を下りて、洗面台に直行しました。

そして、顔を洗顔料で洗い終えてから、私は台所に向かって、冷蔵庫から飲みかけのエナジードリンクの缶を取りました。

五時半から、六時半の間、私は小説の執筆に時間を当てようと思っていましたので。


 私はそうして、エナジードリンクを手に取り、自室でキーボードを打鍵し、執筆を始めました。



 執筆を終えた私は順調に支度をして、七時五十五分辺りに家を出ました、横断歩道を度々渡り、往来を太陽が照らしていました。

 

 それこそ、明るすぎて、眩しすぎて、私は自分の眼鏡が曇っているのかと疑ったりする程でした。

 

 通学路は何時もと違って、無人にも等しい程、少なくて、私には都合が良かったのですが、それと同時に何時もと違う、通学路の道に惚れ惚れとしていました。

 

 そうこう、惚れ惚れしていると、私は学校に着いており、私は少し辺りを見渡してから、校舎へと入っていきました。


 陽射しが強くても、薄暗い、階段の間を通り、私は自分の教室に駆け込みました、その時点では人は少なくて、閑散としていました。

 

 私は教室で少しゆっくりしようかと考えていましたが、私は友との談笑を取り、私はリラックスする時間を売っぱらいました。


 人々が徐々に点々として来た頃、私は別のクラスの友と別れ、同じクラスの友と共に、クラスに戻りました。

私は、席に着き、暫く、卒業式前の担任の先生の会話を聞いていました、卒業式の順序どうこうの話でした。

 

 そうして、話が一通り、終わると、私は学ランと言う名の外套の左ポケットに、ピンク色の花を付ける事に成りました。

私は、入学式の様子を思い出しながら、その花をポケットに付けようと奮闘しました、ですが、中々、花が付けられず、たじたじに成っていると、先程、言っていた、同じクラスの友達のHが花を付けてくれました。

 

 私は、やはり文筆の他に器用な道理と言う物は私には無いと、実感し、虚しい心地で、教室を出ました。



 教室を出て、何時もと違う並び方に、戸惑いながらも、私は、とうとう、体育館へと、他の生徒に囲まれながら向かいました。

階段を下り、を履いたまま、体育館の方まで、屋外を歩いて、入場の間、私は緊張をしているのを、感じ、軽く掌に人と言う字を書き続けていました。

 

 そうして、とうとう、入場を迎え、私は出席番号上、隣り合わせとなった人と、隣り合わせで、体育館の入口に立ちました。

その時点で、数多の人々が拍手喝采の嵐で、私は特別何も思っていない様に、装いながら、隣の人の動向を伺い、赤い床の上を渡りました。

拍手はやがて、降り注ぐ雨の様に聞こえ、私は辺りの人々を見渡しながら、不思議な心地に包まれました。

 

 それから、席に着き、学校の関係者方の話が終わり、式は卒業証書授与式に移りました。

代表者が、壇上へ上がり、卒業証書を受け取り、各クラスの点呼が各クラスの担任の先生により行われました。

 

 見知った名前や見知らぬ名前を耳に通しながらも、とうとう四番目に、名前を読み上げていき、私は「はい!」と声を上げ、その点呼に返答しました。

その時、若干声が低くなったことを後悔しています。

 

 そうして、同じクラスのクラスメートの名が読み上げられる間、私は立ち尽くしながら、脚が震えるのを感じました。

私は、脚が震えているのを、誰も見ていない事を願いながら、何故脚が震えているのかを、探りました。

 

 それは、後悔からのものでした、何故後悔と言いますと、単純な事です、此処に居る、生徒達は殆どが各々がこの中学校三年間の青い思い出を作っている、それなのに、私ときたら、大した思い出も無いくせに、しゃしゃり出て、後悔の念に押されているのです。

そんな、後悔の念に苛まれながら、私は目頭が少しだけ、熱くなるのを感じました。

 

 私は、あなたたちとは別の意味で泣きたいのです、自分でした決断に泣きたいのです。



 卒業ソングの熱唱も終わり、卒業式も大方、終わりを迎え、私達は教室に戻っていました。

クラスメートらは、涙を流し、クラスへの郷愁を感じさせる、別れの涙を拭っていました。

 

 私は、その涙を、無気力な眼で眺め、物思いに耽っていました。


 私は、人が泣いているのは嫌いです、見てて悲しい等ありますが、彼らが泣き崩れる時、私は彼らの心情を全く持って理解できませんから、私だけ蚊帳の外ですから、面倒くさいので、めんどくさいから嫌いです。

 

 私は、他の泣いている人を見ながら、もう一人の同じクラスの友達K(アルファベットが被りますが)に歩み寄って、彼の名を呼び、白々しく言いました。



「俺、別の意味で泣きたいわ」



 中学校を終えて、私は家に帰って、卒業アルバムを見返す母を見掛けました、私は微笑しながら、母に言いました。


「これで、俺の中学校生活は終わったな」


 私は、安堵に近い、心地をその身を持って感じながら、次に想いを馳せて、ジュースを買いに行く為に、学校指定だった靴を履きました。


 靴を履いてみると、足底が家に帰るまで、痛みました。

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