教会1
「おはよう、まどかさん。早いのね」
少女たちが
今日も少女たちが来るのなら、御堂に朝から行くとは言っていたのだが。
少女たちを見て、何故か彼女は動揺した。物言いたげに二人を見上げている。
なに? と問おうとしたとき、縁側から声がした。
「ちょっと、まどか! 薫ちゃんとこ行くんなら、これ持って行きなさい」
サンダルを引っ掛けるようにして現れたのは、まどかをほんの少し老けさせたような女だった。
手には人の頭の三倍はあるような西瓜を抱えている。
彼女は少女を見ると、その動きを止めた。
少女は彼女に微笑みかけながら、麦わら帽子を脱ぎ、丁寧にお辞儀した。
「はじめまして。御堂の縁者のものですが。まどかさんのお母さんでらっしゃいますか?」
西瓜を抱えたまま、こくり、と頷く。その遠慮がちな仕草もまどかと似ていた。
「すみません。この度、まどかさんたちにこの辺りを案内していただくことになりまして」
少女が一族の者に『
「おかあさんっ」
まどかが恥ずかしそうに肘でつつく。
昨日の己れを見ているような気がしたからかもしれない。
だが、少女はそんなまどかの母に、やわらかい声で話し掛けた。
「少しの間、娘さんをお借りしてもよろしいですか?」
彼女は少女を見つめたまま言った。
「私、まどかの母で、貴城香織と申します」
僅かな間のあと、少女は笑みを見せた。
「香織さん。
いい名ですね」
香織はそこでようやく深く頭を下げた。
「娘を……よろしくお願いいたします」
「すみません、お母さんったら、ぼーっとしちゃって。お恥ずかしい」
深雪がいないので、今日は普通の道を歩いていた。
砂混じりの道は白っぽく照り返しが強い。道の脇に生い茂る草も強い日の光を浴び、むせかえるような匂いを発していた。
今日は道が広いので横並びに歩ける。少女は横のまどかを見ながら訊いた。
「まどかさんちはあれですか?
お母さん、他所からお嫁に来られたんですか?」
草に覆われて見えないが、道のすぐ横に小さな用水路があるらしく、ちょろちょろと水音がしていた。
「いいえ、お父さんが養子なんです。
お母さんには男の兄弟がいるんですけど、みんな早くに結婚して、仕事の都合で他所に出てるから」
「ああ、なるほどね。
しっかし、まどかさんって、お母さんにそっくりですねー」
笑って言ったが、まどかは激しいショックを受けたようだった。
少女はまどかの態度を心底不思議に思って、問うた。
「気に入りません?
お母さん、可愛いじゃないですか」
「そんなことないですっ。
それに、そういう問題じゃないんですよ。
母親に似てると、同じ女だから設計図に沿ったように寸分たがわず一緒になっちゃったりするじゃないですか。
厭なんですよ、自分の未来の姿が、目の前にあると思うのが」
あはは、と少女は納得して笑った。
「でも、ほんと、よく似てますよ。
まどかさんと同じ―― 大きな目ですね」
少女の言葉に何かの含みを感じたのか、まどかが顔を上げた。
そのとき、後ろから威勢のいい声が突っ込んできた。
「お嬢さーんっ。おはようございまーすっ」
深雪だった。
自転車のブレーキを踏んだようだが、今日も止まりきれずに砂利道を滑りながら足で止まった。
遅くなりましてーと朝っぱらから呆れるほどテンションの高い友人にまどかは溜息をつく。
「分けて欲しいよ、その元気」
「あ、おっきい西瓜、持たせて持たせて」
深雪は男の手にある西瓜を見ると、いきなり押していた自転車をまどかに向かって放した。
「うわっ、ちょっと!」
まどかは、ぼんやりして見えるが、反射神経はいいらしく、パッとそれを捕まえた。
「おもっ!」
と深雪はよろける。
「でもそれ、お母さん普通に持ってきたのよ」
と早々に男に西瓜を返した深雪に自転車を渡しながら、まどかは言った。
御堂邸に着き、庭に居た綾子に男が巨大西瓜を手渡すと、礼を言い、ひょいと軽く受け取った。
「なんだ、香織もくればよかったのに。後で食べましょ。裏の横穴に冷やしておくわね」
「やっぱ、母は強しね」
子どもを抱えて育てると違うのかしらね、と綾子の後ろ姿を見ながら、深雪は呟く。
「うちの親なんか、未だにこの県下ナンバーワンスプリンターの私を、とっつかまえて髪掴んで引きずりまわすわよ」
「それはまた、なんか違うような……」
「お嬢さんのお母さんでも、そうなんですか?」
え? とふいに深雪に振られた少女は目をしばたく。
「馬鹿ね。お嬢さんのお母さんって言ったら、偉い人でしょ?
重いもの持ったりとかしないわよ」
別に偉くはないけどと、まどかの言葉に、少女は首をかしげて見せる。
「どうなんだろ?
私、よく知らないからお母さんって」
「え?」
「気づいたときには、もう居なかったから」
「朝からやめませんか、その話題」
顔をしかめて男が止めに入る。
「私、別に気にしてないけど?」
「貴方が気にしなくても、周りが気にするんですよ。ほら、薫さんでも呼びに行ったらどうですか」
男に背を押され、また主人を使って、とぶつくさ言いながらも、少女は素直に日の射さない玄関を入っていった。
少女が消えた後、深雪が珍しく遠慮がちに問うた。
「なにか、まずい話題でした?」
いいえ、と男は玄関を見ながら溜息を漏らす。
「あの人はあの通り、まったく気にしてませんから。ただ周りの人間が気まずくなるだけなんです」
「でも、お嬢さん、自分が淋しいってことにも気づいてないように見える。
それって余計淋しいことなんじゃないかしら」
同じように少女の消えた玄関を見ながら、まどかは呟く。
二人の視線に気づき、ああ、ごめんなさい、と目を伏せた。
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