5話 ギルドへ行こう
「ふむ。大体取り終えましたか…。これで治療ポーションに困ることはなさそうですね」
「それは僥倖。ところで麗しきお嬢さん」
「はい。なんでしょぅ」
表情をミクロさえも動かさず、少し弾んだ声色だけで自分の感情を表し俺の言葉に返事をする。
麗しきお嬢さん。その言葉は一切の間違いは無いらしい。さすが俺だ。略してさす俺。
そんなアホみたいな冗談はさておき、本題というか、ちょっとした尋ねごとのため、さっき懐に押収した黒い本を取り出す。
「この本について、なんか知らない?」
「見た事、無いですね。禍々しさはあまり感じません。特に神聖な雰囲気も……」
セノが分析を始める。
当たり前だが、異世界人である俺が見たことあるはずもない。文字は…ギリ読める。
意味はわからないが。
「魔力波長を読み取っても何もわかりませんね。大昔のものであることは確かですが」
ただの娯楽小説とも思えません。と続けるセノ。
「なるほどな。ありがとう」
そういって本を懐にしまう。言ってなかったが、俺の懐の容量は無限だ。嘘だけど。
「そういえば、治癒魔法についてですが…」
鳥たちが囀りとは言えない奇声に近い鳴き声をあげ、木々が飛び立っていく。その雰囲気は、悪いことが起こる予感。自分の第六感よりも先に、別の感覚が告げてくる。
面倒なことになってきたと。
だがそういう感覚というのはだいたい間違っていることが多い。その的中率の低さは放浪時代に痛いほど知っている。俗に言う痛感というやつだ。
「…聞いてます?」
セノが微量の不機嫌さを言葉にのせ確認をしてくる。
「聞いてない」
「じゃあ最初からいいますね?」
「頼む」
「魔法というのは……」
セノの話をまとめよう。魔法というのは魔力を使って起こすことのできる事象のことらしい。魔法は適正によって威力が増すらしく、冒険者になるときや何かの職業に就く時に診断されるクラスによって魔法が使えるレパートリーなども変わってくるらしい。
ちなみにセノのクラスは回復師。回復魔法に特化したクラスのようだ。
「じゃあ、才能ない人間は魔法が使うことはできないのか?」
「いえ、そんなことはありません。初級魔法と呼ばれる簡単な魔法ならサレでも扱うことができます」
俺でも扱えるわけか。回復魔法は覚えておきたいな。万が一毒浸しになった時の保険という意味も込めて。
「なので、今回は初級回復魔法「ヒール」を教えますね」
△
ヒールの使い方は簡単だった。まず、患部に手を当て魔力を込める。魔力の込め方は感覚だそうだ。
俺もなんとか込められたのできっとあっているのだろう。
あとは回復しろと念じることで魔法は発動した。
「よし!これで骨折しても大丈夫だな」
「基本的にヒールに大きな回復効果はないので過信はしないでください。それに....」
ずい。とセノの顔が近づく。
「なにかあれば私が治しますので」
涼しく、可愛らしい声で囁く彼女は、とても可愛かった。
そして、ふと思い出したかのように彼女は呟く。
「今日もいい天気ですね」
「え?そうだな」
「こんないい天気は久しぶりです。ですので、耳かきをしましょう」
「は?」
なぜ急に?文脈が繋がらないとかそういう次元じゃないぞ。
巷のASMRではなんの脈絡もなくASMRが始まるとはい聞いたことがあるが、それはそういうそれなのか。
そんな思考が巡るうちに、セノは正座をし、自らのふとももをぽんぽんと叩く。
「ほら、早く来てください」
無表情で告げる彼女飲めはどこか期待感に踊っていた。
......そんな顔されたら。
仕方ない。行くしかないか。
彼女に促されるまま、俺は彼女の太ももに顔を乗せ、身を委ねる。
それが青い。爽やかな風が俺を包み込み、静寂感が落ち着かせる。たしかにこれはいい天気だ。
「それでは、はじめますね」
△
「終わりました」
その言葉を受け、俺は立ち上がる。数分、数時間かも知れないが、久々に自治に足をつけるとかなり不思議な感覚がするもので、軽いたちくらみも覚えた。
これは昔からそうなので、そこまで不思議なことではないんだけどね。
「さて、もうそろそろ戻るか」
「そうですね。ちょうどお昼時ですし、帰ったら昼食にしましょう」
その時、音が鳴り響く。メロディーを携えるそれは、これから起こることへの
曲と曲を切った貼ったして生み出された奇跡的なメロディは、仇なす者を作り上げる。
具体的には、人型。甲冑身にまとい剣を携える姿は騎士だと言える。
「ファントム.....!?なぜここに....」
「ファントム?何だそりゃ」
「強い魔物です」
「なるほどわかったぜ」
簡略化された問答。
黒いオーラを放出するそれは、揺らめく陽炎のようにこっちへ歩みだす。
歩む足取りは、重く。それとは対称的に接近するスピードは速く。
「逃しちゃくれないようだぜ?」
「そうですね....。時間稼ぎをお願いします。その間に退路を開きます」
「それはいいが.....。別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
「いいですが…。それは負けるおまじないみたいなものですよ?」
剣の生成。残念ながらまだ破片のでっかい版みたいなものしか作り出すことはできない。
自分能力を過信する気もない…。まあ、要するに
「できるだけ頑張るってことだ」
地を駆ける。スタートダッシュとともに爆発するかのように土が上がる。
先手必勝。
体に受ける風をダイレクトに感じながら垂直に蹴りを喰らわせる。大きな衝撃とともにファントムはよろめく。
体は弧を描き宙へ舞う。太陽の煌めきを背に受け透明の結晶体がプリズムのように反射する。
「時間稼ぎなら!これで!」
無数の棘が降り注ぐ。太陽が輝くおかげで光の雨とも受け取れる。
「撤退準備完了しました!」
「了解!」
セノの声に耳を傾け、なんとか着地。俺も歳といえば歳なので、土煙を捲り上げる豪快な着地ができないのは悲しいところだ。
「出ますよ。シートベルトは閉めましたか?」
「もちろん」
救生車は発進する。道なき道を開拓し、街へ出る。
▽
「ところでさ、ファントムって何?」
「そういえば、説明がまだでしたね」
穏やかな昼下がり。暖かな日差しが差し込む中、俺はセノの自室で過ごしていた。
「名前的に実態がなさそうだが」
「実態と実体をかけた面白いジョークですね」
「はい。すいませんでした」
思いつきのギャグを涼しい顔で解説された。やめてくれ…。これ以上は俺死んじゃう。
「ファントムというのは、…そうですね。わかりやすくいえば亡霊です」
「亡霊?」
「ええ。亡霊。死んだ人間の魔力を糧に形成される厄介な魔物です」
残留思念ではなく残留魔力。場所や物にもよるが、ファントムは死んだ人間の夢や希望を悪い方向に拡大解釈して、それを実現すべく行動するらしい。
例を挙げるとするならば、ダンジョンで死んでしまった人間の「ダンジョンを攻略したい」という夢を、「ダンジョンを壊す」に拡大解釈して暴虐の限りを尽くすといった感じ、らしい。
「たまに、神話の記憶を持つファントムも現れます。それっぽいのが現れれば街一つが余裕で滅ぶくらい強いです」
「神話の記憶?」
「ええ。英雄譚だったり、叙事詩だったり。あったとされる物語。その魔力と力を持ったファントムです。先ほども言いましたが、人が勝てる強さではないです」
ですのでそれっぽい物に出会ったら全力で逃げてくださいね。と、セノは冗談めかしていう。
「じゃああの場所にいたファントムってなんなんだろうな」
「わかりませんが、あなたの残留魔力じゃないんですか?」
「勝手に殺すな」
あのままだと間違いなく死んでいたとはいえ流石に心外だ。
「真面目に考えると、魔物でしょうかね。魔物の魔力を使って顕現すると行ったケースもよくありますし」
人形なのが気になりますが。とセノが言う。
「気になるなぁ....」
「同意はします。という事でギルドへ行ってみましょうか」
ギルド?
「便利な何でも屋が集まる施設ですよ。行ってみればわかります」
心を読むように説明をされた。命の恩人はどうやらエスパーだったらしい。
「近いですし歩いていきましょうか」
救急団の寮を出る。暖かな緑に囲まれた場所から離れてゆき、人里へと歩いていく。
景色は木々と青空だけで、どこか心を落ち着かせるものがあった。
▽
人並み溢れる街へたどり着いた。道中猪におっかけられたり、鳥に啄まれたりした。特に俺が。
服はかなりぼろぼろになってしまったがまあ誤差だろう。
「災難でしたね。」
「そうだな。」
「救生車でくればよかったかもしれません」
脳裏に白い車体のボックスカーが浮かぶ。木々をなぎ倒し、道なき道を切り開きながら突き進むその車は今は休養中だ。
くだらないことを考えながら町中を歩いていく。中世ヨーロッパの繁栄した町といった風貌の町の石畳からは、急ぐ人や周遊するもの、待ち人を待つものの音が響いている。
様々な店を通り過ぎ、木製の温かな建物の前で足が止まる。
どうやらここがギルドというところらしい。建物の規模は中程度で、人が絶えず出入りしているというよりかは、おしゃれなカフェといった雰囲気だ。
「ここがギルドです。」
心で思ったことが肯定された。
迷うことなく、扉を開けて中へ入る。内装も木が多く、カウンターとテーブルと椅子なども完全に木できていた。もはや木の押し売りといった感じだが、違和感は感じず、木々の暖かさに心地よくなるほどだった。
「いらっしゃい....。あ、セノさん!」
「ご無沙汰しております。ミリノさん。」
ミリノと呼ばれた金髪の小柄な女性が、セノに話しかける。その顔は友に再開したかのような晴れやかさだった。
「今回はどのような要件で?」
空いていたロビーの椅子に座らせられ、話を聞かれる。
俺の出る幕はない。完全に空気に徹しよう。
「たくさん薬草が手に入ったので回復薬のお裾分けです」
「ありがとうございます!少なくなってたんですよ」
「それと、魔物の情報共有です」
魔物という言葉を聞いた瞬間、ミリノの顔が真剣そのものに変わった。
「マデルの森に、強力個体のファントムを発見。交戦はしましたが.....、手練れでも危険レベルです。」
「どのような系統で?」
「見当がつきません。見たこともない鎧をまとっていましたね。」
「わかりました。情報ありがとうございます。」
ミリノはメモを取り、カウンターへと持っていった。
「ふう。告知はしましたので、あまり冒険者のみなさんも近づかないでしょう。もとからあの森は魔境なので手練れくらいしか行きませんけどね」
ミリノがカウンターから戻ってきた。
「ところで....」
「どうしました?」
「隣の男性はもしかして....か、彼氏だったり?」
「そうなら良かったのですが、違います。」
とりあえず頷いておこう。
俺は首を縦に振った。
「そうなんですね....。見ない男性だったものでてっきり....。」
「彼はゲントク。救急団の新団員です。」
「なるほど。納得です。」
「ミリノは彼とは順調ですか?」
「全然気づいてくれません.....。」
ミリノは顔を明かしながらしょげるという器用な芸当を見せ、俯く。
その時だった。声が聞こえたのは
「あー!やってしまった!」
足音に呼応するように声が近くなる。
「もう少し早く起きていれば...!いや?けど、これはこれでいいのか.....?」
「噂をすれば.....」
「もう!遅いですよ!ティド先輩!」
「いやーすまん。お客さん?」
「ええ。セノさんと....」
「ゲントクです。」
「ゲントク....。新人さんかな?」
いい観察眼だ。
「その通りです。」
「お、よろしくね。俺の名前はティド。ここのギルド職員さ。」
黒髪の好青年は、微笑みながら手を差し出してきた。
手には手を。ということで俺も手を出し握手をする。
「先輩、昨日は遅くまで何やってたんですか?聞かなくてもわかりますけど....。」
「遺跡についての文献を読み漁ってたんだよ。エンギルの世界が読み溶けそうだったんだ.....。読み解いて技術さえ応用できれば浪漫の実現つながる......!」
「はあ。神話の追求もほどほどにしておいてくださいよ」
「ええ...。」
「ええとか言わない!」
「はい。すいませんでした。」
夫婦漫才のようなものが続く。話によれば彼は神話を趣味がてら追求し、自らの浪漫を実現するための研究に没頭しているいう。
なかなかに楽しそうだ。
数分後。
「セノさん。回復薬ありがとうね。」
「いえ。患者は少ないに越したことはありませんから。」
「ゲントクも、今度また神話の話をしようじゃないか。」
「今度また訪ねるよ。」
俺はティドと打ち解けていた。黒い本の質問ついでに神話について聞いていたのだ。叙事詩から英雄譚まで、この世界にあったとされる今では娯楽同然友いわれる話を聞いていた。
なかなかに面白く、ついつい日本の神話の話などもしてしまったわけだ。あとは想像に固くないだろうが、そのまま会話は熱中していき、彼とは友と呼べるまでとなった。
「本当ですか!わかりました!すぐ伝えます!」
ミリノの声が聞こえる。
切羽詰まった悲鳴にも近いその声は、次にティドに向けられることになる。
「ティド先輩!ダンジョンで冒険者一組が脱出不可に、至急救出してほしいとのことです!」
「場所は?」
ティドの目の色が変わる。趣味を謳歌するものの目から、仕事をする人の目に。
「キメイマデのダンジョンです。」
「よりによってあそこか.....。ここに人員はいないし.....」
目を向けられる。
だから俺は、一言放つ。
「俺も行く。」
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