6話 初めてのダンジョン

「俺も、行く。人手、足りないんだろ?」

 

 俺は言葉を口にする。

 なんだって言ってみるのは大事だ。まあこの場合は断られても行くんだけど。


「いいのか?」

「もちろん。」

「助かるよ。今すぐ行こう。」

「私もついていきます。ダンジョンは崩壊させてもいいんですよね?」

「…構わないよ。」


 ティドが遠い目をしている。きっとセノは救生車で突っ込むつもりなのだろう。

 ……かなり危険じゃないか?それ。


「冒険者の招集は間に合わないし、どの層まで潜るのかは未知数だ。それなりの危険が伴う。でも、君はそれでもいくんだな?」

「人命がかかってるんだろ?人を助けるのが俺の仕事なら、答えなんて決まってる。」

「…頼もしい限りだ。」


 ティドが微笑む。

 聞いた話によれば、ダンジョンとやらはいくつもの層に分かれていて、その層の数字が大きくなればなるほど、深く潜れば潜るほど、魔物は強くなり、危険度は増すらしい。

 下層で迷えば手練でも一週間持つかどうかってところとのことだ。

 だからギルドは遭難救助要請が出ればすぐに冒険者たちを集め救急隊を結成し、救助に向かうらしいのだが…。


「今はお茶狩りの時期でね。冒険者たちがみんなで払っているんだ。」



 白いボディの車に乗り込みながら、ティドはそう言う。

 お茶の原材料、オーチャフ。それの収穫時期だったらしい。なんとタイムリーでテンポの悪いことか。はたまた俺たちの運がなかなっただけなのか。

 まあどちらにせよ、今は冒険者たちがいないと言う事実だけが残る。ギルドはあくまで冒険者をサポートする組織でしかない。要するに、冒険者たちを強制的にで戻しすなどという手荒な真似はできないのだ。


「これから向かうダンジョンは、すでに崩落の危険性が高くて、もうそろそろ部長もレイドとして冒険者を集め攻略する予定だったんだけど…」


 放置したのが仇になったな。と、ティドが言う。

 ダンジョンの崩落、それ即ちダンジョンが活動を終えると言うことを意味する。ダンジョンは生き物のようなもので、急に現れ、魔物を生み出す施設を作り、冒険者は迎え入れる。

 そして冒険者たちはそれに挑み、報酬を手にする。

 いわば、舞台装置。生き物よりもデウスエクス・マキナといった方が正しいだろうか。

 話を元に戻すとして、巨大な生き物の死骸は当たり前だが、そこで自然消滅するなどという都合のいいことはない。 

 ダンジョンは崩落し、中に取り残されたものは瓦礫に埋もれて死ぬ。

 それを回避する方法はただひとつ、崩落寸前の証であるコアをぶっ壊し、ダンジョンを消滅させること。

 舞台装置は使い終えれば片付けられる。

 まあもちろん、でかい物を片付けるのは骨が折れる。この場合、ダンジョンにはボスが現れ、冒険者たちを試す。そしてそのボスをみんなで倒し、ダンジョンを攻略しようと言うのが、レイドと言うわけだ。


 俺の解説でわかっただろうか。いや、そうに違いない。そうであってくれ。


 車は進む。もはや当然のように屈強な車体で木々を薙ぎ倒し、救護のために道を切り開く。


「しっかし、すごい進み方だね…。」

「最短ルートですから。」


 緑に包まれたその場に光が灯る。

 

「もうそろそろだ。気張っていけよ!」

「押忍!」


 道が開ける。

 目の前には不自然に盛りがった地下への入口、ダンジョンへの入り口がある。


「突っ込みますよ!」


 アクセルが踏み込まれる。急速な加速に体が背もたれへ押しつけられる。


 今、俺たちは崩落寸前のダンジョンへと突入した。



 暗い地下に冷気が流れ込み、春だと言うのに冬を覚えるほどの肌寒さを感じる。

 現在、ダンジョン第一層に俺たちは居る。


「いやー、久々に来たけど寒いね。ここ」

「前も来たの?」

「そりゃもちろん。俺の趣味は神話学とダンジョンの探索だからな。」

「世にも奇妙な趣味ですね。」

「よく言われるよ。」


 一度車から降りていたが、もう一度乗る。

 

「最下層、でしたか?」

「ああ。救助待ちの冒険者は最下層にいるとのことだ。このダンジョンは、元から魔窟。明らかに他のダンジョンに比べて魔物も強い。」


 まさにボスラッシュとティドが言う。


「だからさっさと助けに行く必要があるんだが…。」


 車で進んでいると、行き止まりに突き当たった。

 砂色の壁と砂の瓦礫。何かが崩落したかのような、何かの遺跡のような行き止まり。


「…やっぱりか。すでに崩落が始まってる。少なくとも今日中にここは崩れ落ちるよ。」

「それってかなり危険なんじゃ…。」

「危険度マックスだな。一番大きな崩壊は多分もっとあとだろうけど、早く行った方がいいのは事実だ。」


 だが、残念なことにここは行き止まり。これまで来た道は確実に一本道なので他をあたることもできない。


「通れませんね…。」

「人の足で行くか。」


 だが、通れないと言うのはあくまで救生車があったらの話。ここで車を置いて人海戦術に切り替えれば、通れないこともない。

 車にとっては残酷な話だが。


「しかし、それでは患者の運搬及び応急処置ができません。」

「あった方がいいってくらいなら…」

「強い魔物がいるなら怪我してるんじゃないのか?」

「確かに」


 ティドは俺に人差し指を向ける。


「じゃあどうするかな…」

「体当たりとかはどうです?」

「車体砕け散るだろ。」


 ふと俺はひとつの可能性を思いつく。

 時間があれば、なんとか…。うーん、いけそうだな。


「何かないかな…」

「俺に任せてくれ」


 そう言って、セノにハンドルを握らせる。

 イメージするは超弩級の最大工具。掘削を行うためだけの使い捨て重機。

 クレーンの支えに、カウンターウエイト。先端には鋭利でスコップのような歯がついた丸鋸を。


 イメージのもと、今結晶が汲み上げられ、一つの形を成してゆく。凶悪で繊細、過激で精密。

 新たなガジェットが救生車に与えられる。透明のクリスタルが煌めき光を虹色に反射する。


「運転は頼んだぜ。セノ。」

「わかりました。」


 車の助手席にはクリスタルの操縦桿が新たに伸びている。

 これはなくても良いが、まあ操作するうえでやりやすいだけだ。


「これは?」


 ティドが疑問をぶつける。


「故郷最大の超クールな工具。超巨大掘削機、バケットホイールエクスカベーターだ.......!」


 バケットホイールエクスカベーター、その名の通り超巨大掘削機だ。

 当たり前だがこの目で見たことはない。それでも頭の中にあったイメージだけで組み上げた。

 

「よくわからんがとりあえずこれを使えばなんとかなるんだな?」

「ああ。そのとおりだ。」


 少々揺れるとは思うが。


「では発進させます。」


 ガラスの操縦桿を握る。力を込め、丸鋸のホイールが回るのを強く鮮明にイメージする。

 駆動音が静かに鳴り、ホイールが激しく回る。砂埃を上げながら刃状のバケツが岩にも近しい砂の塊を切り裂いていく。


「まさか....!」

「動けそう...ですね!。出力最大、です!」


 車のタイヤが動く。なんとか発進はできそうだ。

 ならば、もう一息....!


「ふぅ...」


 意識を集中させる。

 ホイールが唸りを上げる。アームが動き、丸鋸の位置を斜め方向に変える。


「切り、裂く!」


 アームがパワーを上げ、岩を斜めに切り裂くように丸鋸を持ち上げる。重く物騒な見た目のそれは刀のように鋭く、岩を切り裂いた。


 切り裂かれると同時に、視界がひらける。どうやら、このまま最下層に一直線らしい。これは予想外だとティドも言っていた。



「はぁ、はぁ」


 最下層に到着した俺は息も絶え絶えになりながら、車の中にいた。


「ありがとう。おかげでかなりの時間短縮になったよ。」

「例は、言うな。俺も、成功するかは、わかんなかったし。」

「しかし、ここが最下層......。寒いですね。」

「まあね。地下深くだから地上の暖気なんて届くはずもない。」


 車が発進する。さすがにエクスカベーターを維持するほどの精神力は今の俺に残っていない。ガラスを形成するのもかなり疲れるのだ。

 

 最下層の景色は変わらない。強いて言うなら、最初突入したときには見られなかった壁のヒビだろうか。

 茶色の上にデティールのように入るそれは、専門家じゃなくてもわかるような危うさを秘めていた。これがもうそろそろ崩落する合図ということだろう。

 それと同時に俺の体も崩落寸前というわけだ。ひどい偶然だ。


「このダンジョンは魔物が馬鹿みたいに強い代わりに道は複雑じゃない。特に最下層はほぼ一本道だ。だから.....」


 車が進んでいく。ひねりもない瓦礫に囲まれた道を爆走してゆく。

 かなりのスピードだ。冷気が入ってきそうなくらい。うん。今のたとえは全然わからなかったな。

 

 そうこうしているうちに俺の体力も回復してきた。サバイバル生活はこういうときに役立つというもので、身体の回復はとても早い。嬉しい限りだ。


「見つけた!」


 車が停まる。俺の目からでも見える。

 大柄な男性と脚を怪我している女性。弓を持った男性とガントレットを装備した女性も近くで座り込んでいる。五体満足とはとても言えない、満身創痍がとても似合う状況だ。


「残念なお知らせだ。」


 ティドが呟く。


「ボスラッシュの時間だ。体力を使わせまくったところ申し訳ないが、ゲントク。背中は任せた。」


 その瞬間、ティドは救生車を飛び出し一目散に駆け出す。


「ゲントク。ご安心を、患者は必ず助けます。」


 だから、グッドラック、とセノが言う。

 なんとサムズアップ付きだ。豪華絢爛だな。


「言われなくても!」


 救生車の扉を蹴り外へ飛び出す。右手に剣を、腕に防具を。周囲にはガラスを。

 今できる最大を施し切り込む。

 見える敵は俺の知識で言うならばケンタウロス、アークウィザー、キングヤーモン、超毒トカゲとまさに豪華DX版というほどのメンツだ。

 ボスラッシュとはこういうことか。心拍数が俺の胸を刻む。緊迫が手を叩くように俺に迫る。

 慣れることはない緊張。


 さあ、振り切るぜ.....!


 ガラスが空を切る。アークウィザーの相殺しながら流星のように飛ぶ。手前に見据えるは超毒トカゲとキングヤーモン。キングヤーモンは弓を構えるる、超毒トカゲは今にも噛みつく勢いだ。

 吸い込むように飛んでくる弓を拳で粉砕。破片が鱗粉のように飛び散る。その勢いで超毒トカゲを斬りつける。硬い皮膚に結晶の刃が刺さる。火花が散り、刀と矢の破片を煌めかせるように照らす。

 舞のように斬撃を続け、ケンタウロスの目前まで超毒トカゲを連れて来る。


「一網打尽と行こうか!」


 斬撃。響きは彼方へ残響はここで鳴り響く。弧を描く剣の空前の軌跡は魔物二匹を当然と切り裂く。

 ウィザーアークの砲撃が始まった。大地を揺らし一直線に火球が飛んでくる。真横に飛ぶ花火は俺の眼の前で弾ける。

 一閃。

 爆炎を切り裂きガラスを振りまきながら接近する。唯一の光源である火花に照らされガラスは炎の色を反射する。赤く煌めく結晶は俺を守るように展開され、それぞれがダンジョンの壁に突き刺さっていく。

 さながら彼岸花のような彩りは、ただ一直線に眼の前の魔物に向けられる。


「はぁっ!」


 拳を打ち込む。結晶をまとった腕はブレることなくアークウィザードに絶後を打ち込む。


「さあ、ケリをつけようか」


 右足にガラスが生成されアーマーとなる。最初から赤色のそれは、魔力を含み輝いている。

 刹那。

 紅が弧を描き、空に流星を描く。魔力をまとった回し蹴りはキングヤーモンに直撃し、火花の如き竜星の輝跡を作り出す。


 キングヤーモンは崩れ落ち、やがて消滅した。


「うおっ」

 

 大地が揺れ、土豪が聞こえる。これはきっとティドが戦っている証拠だろう。

 次は炎だった。火柱のような極大の炎があたりを焼き尽くす。

 

「終わり、だ!」


 ティドの声が聞こえる。

 爆発とともにティドがこちらに向かってくる。


「終わった?」

「ああ。バッチリだ。」


 サムズアップで答える。


「みなさん。お疲れ様です。」

「患者は?」

「全員の応急処置は完了しましたが.....、正直彼らが歩けるとは思えません。このあたりで引き上げるのが吉かと。」

「そうだな。そうしよう」


 その時、騒音が聞こえる。

 音の方向にはたくさんの異形の影。要するに.....。


「魔物か....?」

「そのとおりだ。まったく.....」


 刹那。崩壊を目にする。

 ダンジョンの崩壊ではない、魔物の力による破壊。ダンジョンの厚い壁が半分以上えぐられた跡は圧倒的な力の証。


「まじかよ.....」

「一筋縄でいかないようだな......」

「君等、逃げてくれ.....。その魔物たちはこれまでとは比べ物にならないほどに強い.....」


 話しかけたのは大剣を持った冒険者。所々に大きな怪我を負っていることから、先程の倒れていた冒険者だということがわかる。


「俺達があれに遭遇したときは太刀打ちできなかった....。攻撃すらも通らない。」


 声に恐怖と焦りをにじませながら、彼は続ける。


「さっきのあんたらの戦いぶりから見るに、瞬殺はされないだろうが、勝つことはできないだろう。」

「なるほどな....。仕方がない。ここは撤退だ。彼らがそんなに言うなら無視することはできまい。」

「了解しました。ご安心を、全員乗れますので。」

「忠告を受け入れてくれて嬉しいよ。」

「まだ残っている人などは?」


 その返答は、少しの間が空き、返ってきた。

 後悔と、懺悔をにじませて。


「............。一人。俺達を命からがら逃がしてくれた女が一人。あの魔物たちの奥に、いる。」

「......その時の状態は?」


 セノが聞く。


「一人で魔物を引き受け、俺達を逃がした.....。そして、いまここ二魔物がいるということ......」


 死、あるいは重症。魔物軍団はそれを意味する。

 

「仕方ありません。このまま撤退を.....」

「なあ、あんたら。そいつはまだ生きてると思う?」


 俺はセノの声に言葉を被せ、問いを投げかける。


「どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。生きてるか生きていないか、思うことを教えてくれ。」

「.......。生きている、と思いたい。実際、彼女はとんでもなく強かった。そう簡単にあれが死ぬとは思えん。だが、これを見れば絶望的......」

「なるほどな.....。よし。」


 俺は踵を返す。眼の前に映るは魔物の軍団。異形のものどもこちらを伺うように、殺意をにじませゆっくりと近づいている。

 眼光は光、光源が増える。


「ゲントク?どこへ.....。」

「ちょっと向こうへ。」

「馬鹿ですか?」

「違うが。」

「ならなぜ?」

「人を救うのが俺達の仕事、だろ?」


 ただ一人でもいい、少しでもいい。生きているという考えを、思いを持っているものがいるならば、ただそこに行くだけ。


「それに....」


 それに、一人の辛さ、痛み、苦しさ、心細さは何よりも俺が知っている。

 だから、誰かが悲しむなら、誰かが苦しむなら、誰かの涙を感じられるなら、誰かの.........


「誰かの、助けてという声がら聞こえるな俺は必ず駆けつける。」

「はぁ...。ゲントク、よく聞いて下さい。」

「お前なぁ.....。」


 ティドとセノ、二人の呆れた声が聞こえる。


「まったく。少しの時間だけど一緒にいてお前の正確はわかったよ。ゲントク。」


 先に続きを口に出したのはティドだった。


「ここは任せろ。」

「ああ。任せた!」


 パチン。

 手をたたき俺は魔物の方へ駆け出す。


「ちょ!?ゲントク!?」

「さあ、見せてやるぜ....。ギルド職員の本気をなぁ!!」


 

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