4話 草を取りに行こう

「あー。暇だ」

 住処としてセノの隣の部屋を貰ってから早3日。

 俺は何をするでもなくただ部屋の真ん中でだらだらとゴロゴロしていた。

 金もなければ何があるかも分からない。

 討伐の懸賞金としてもらった金も大量ではあるが、働かず1ヶ月細々と暮らすのが限界だろう。

「能力の練習、しようかな」

 セノも忙しいようで、セノが忙しい間は本を読んで回復魔法の予習をしておいて欲しいとの事で、本を何冊か貰った。

 その本を読むと、どうやら俺のガラスの力は、魔法とは違ったものらしい。

 と、いうわけで俺はこの力をガラス力とすることにした。そう、みんなが子供の頃、いや、中学2年生頃に1度は想像するあれだ。

 無論俺も例外では無い。

 

 ついでに、この力も練習すれば練度をあげられることがわかった。

 具体的にいえばより複雑なものを作れる。

 机とか、椅子とか。

 ちなみに今は本物同然のルービックキューブくらいは作れるようになった。

 内部構造を知らないので動かせる訳では無いが。

 作った品物を売ってもいいなと、考え始めたその時、突如として扉がノックされた。


 訝しむ必要性もないので呑気にのほほんとドアを開ける。

 そこにたっていたのは銀髪の美少女。

 救急団のセノだった。

「すいません。急に来てしまいし。」 

「暇だから大丈夫。立ち話もなんだし中に入ってくれ。」

 とりあえずで彼女を部屋の中に招き入れる。よくよく考えてみればかなり誤解されかねない行動のような気もするが、まあ彼女は拒まなかったし、いいんだろう。

「紅茶か緑茶、どっちがいい?」

 生活必需品の一つとして買っておいた茶葉とティーカップを2人分用意しつつ、一応セノの好みも聞いておく。

「それでは紅茶で」

「了解」

 前世でのお茶っ葉の違いといえば加工工程の違いだったが、それはこの世界でも同じなようだ。だが、お茶の高級度合いはめっきり違うらしい。

 本で読んだ限りでは、毎年決まった時期にお茶の名産地に「オーチャフ」というお茶っ葉型の魔物が攻め込んでくるらしく、そのお茶っ葉の鮮度が高級度合いを決めるのだとか。

 ちなみにオーチャフという魔物を狩らずとも、お茶っ葉自体は栽培できるらしい。

 面白い生態だ。特にオーチャフの葉についてはいつか食べてみたいものよ。


 そうこうしてるうちに、湯が沸かし終わった。

 お茶を淹れる時、お茶を美味しくする方法は最後の一滴まで残さず淹れることだとどこかで聞いた。

 その時の記憶は、ヒクイドリの知能くらい信用できるものではないが、惰性で信じ続け、お茶を淹れる際にはそうしている。

 まあ、前世では最後の一滴まで入れると毒が回る可能性があるからなかなかそんなことはしなかったが、毒耐性がついた人生後半は優雅に最後の一滴まで入れていた。

 

 なんだかんだしていると、紅茶も緑茶も入れ終わった。茶請けは何がいいだろうか。

 饅頭か、スコーンか。はたまた明太子か。いや、明太子はだめだろう。俺の晩飯がなくなってしまうではないか。いやさすがにおかずくらいはあるけども。

 スコーンと饅頭両方出すか。なんかそこまで畏まった様ではないみたいだし。

「お待たせ。茶請けはスコーンと饅頭。どっちがどっちに合うとかは俺もわからないけど、好きな方を好きに食べてくれ」

「ありがとうございます」

 セノはなんかキョロキョロしている。俺の部屋にそんな怪しいものはないだろうし…。

 はっ。もしやあれか、あれなのか。思春期男子は一度は手にするあれなのか?

 買ったてないからそんなものはこの場には存在しないが。これぞまさに完全勝利パーフェクトゲーム

「で、今日はどうしたの?」

「あ、いえ。特にこれといった用はないのですが…。迷惑、だったでしょうか…?」

 そう彼女は言う。少し頬が好調しているようにも見えるが、気のせいだろう。

「お茶っ葉、買ってたんですね。」

「よく飲むからね。急な来客にも対応できるだろうしね」」

「なるほど…。あの、ゲントクの好きな方はどっちでしょうか?」

「うーん。緑茶かな」

 甘いものが苦手というわけじゃないが、紅茶のあの独特な苦味は案外、次に口に運ぶのに躊躇ったりもする。

 宿敵という訳ではないが、おかわりを問われれば、ノーサンキューと返す。そんな感じだ。

「そうですか…。私もそっちにすればよかった」

「何か言った?」

「いえ。私もそっちにすればよかったなと」

 よくわからないが、人間誰しも選択肢を悔やむことはある。あの時ああしてなければ、あれをやれてたら、もしもは仮定の話。現実は何も変わらない。


 おっともうこんな時間か。もうそろそろストーリーを進めなければ。いやメタ的な意味じゃなくてね?

 俺も聞きたいっていうか、いきたい場所があったんだ。

 こんな穏やかな昼下がりなら、ちょうどいいかもしれない。

 なんて言うべきか、その言葉はもう考えてある。安心して欲しい。

「ところでセノ」

「はい?」

「デートしない?」

「は、へぇっ?」

 しまった間違えたか。

 俺はセノの反応を見て、今世紀最大の間違いを起こしたと気づいた。

 乙女ゲームならbadend直行の片道切符となる選択肢だったか。

 余談だが、俺は純真無垢な乙女の心を持っているので乙女ゲームもやったことある。

 え?なんでそれで破滅フラグ踏むのかって?

 答えはノーコメントだ。


「いいですね。行きましょう」

 抑揚のない、しかしどこか弾んでいると感じられるトーンで同意を示す。

 おっと破滅フラグじゃなかったか。よかったぜ。

「いや、前に薬草取りに行きたいっていってたじゃん?ついでにそこで魔法も教えてもらおうと」

 とりあえず、説明を続ける。

「そういうことでしたか。勿論、構いませんよ」

「ならよかった」

 俺はお茶を飲もうとし、キョロキョロと机を見る。すぐ左にあった。そりゃわからないわけだ。

 右手を伸ばし、コップを手に取る。

「どうしたんですか?もしかして、視覚に何か問題が発生したんじゃ……」

 先ほどの俺の行動を見たのか、切羽詰まった声でセノは問う。その声は、何かまだ傷があるんじゃないか、傷つけさせてしまったのではないかという焦りにも似た感情が感じ取られる。


 だから、俺は安心させるように、限りなく優しく、いつもと変わらぬ様子でこう投げかける。

「ああ。安心してくれ。左眼が見えないのはもとからだ」

 セノの、驚くような顔が目の前で展開される。安心したような、それでいて何かの闇に触れたかのような微かな恐怖が見て取れる。

 そして、俺を哀れむような、それでいて願うかのような顔に変わる。

「そ、それなら、私が魔法で治しましょうか……?」

「いや、無理だろう。傷ついてからかなり時間が経ってるし…」

「いえ、私の魔法なら…」

「何より、ここにないものは直せないだろ?」

 彼女の顔が、驚愕と薄い恐怖を纏うのがわかる。この話をするといつものことではあるが、みんなそんな表情をする。

 ただ、何もないところをハリボテで埋めているだけなのに。

 まあ、俺だってその気持ちがわからないではない。実はこの目、偽物なんだぜと言われても、驚愕するしかないだろう。


「すいませんでした…。このようなことを聞いて」

「俺の方こそ悪かった。こんな話聞きたくなかっただろう」

 昔から、長い間付き合ってきた義眼だろうと、今でも違和感は抜けない。同時にあの時は俺が悪かったのか、俺に罪はあるのかという漠然とした答えのない疑問が頭をぐるぐると回る。

 きっと、俺以外の当事者に聞けば、俺が悪いという返答が返ってくるだろう。

 ま、今更聞ける場所にあいつらはいないしいいか。

 

「とりあえず。いきましょうか」

「ああ。そうだな」

 


 黒い自動車が車庫を出て、街を飛び出す。

 燃料はいまだによくわかっていない。多分これは魔法的な何かなのだろう。

「それで、マデルの森でいいんですよね?」

「地名を言われてもわからないからな。多分そこで合ってると思う」

 異世界人に地名を求めてほしくはない。というかあの草毒なんだがな。こう、舌にピリッと来た。

 すでに毒耐性なんていうのは獲得してしまっているので、俺が吐くことはなかったが、あれは確実に体調崩すやつだ。

 無職になって当初の時の辛さを思い出すぜ。


 救生車は進んでいく。森に入り、少し道が荒くなり始めたのでのり心地も悪くなるかと思ったが、意外や意外。乗り心地は悪くなかった。

「この近くの平原…でしたよね?」

「ああ。このまままっすぐ行けばあるんじゃないかな」

 道が開け、不自然に木々が消滅している。

 その理由は単純明快。俺がドラゴンと名勝負を繰り広げたからだ。

 あの時は死ぬかと思った。本当に。

 いやまじで。

 流石の俺でも直接的に死を感じることはなかったな。


 閑話休題


「この辺でしょうか?」

 たどり着いたのは木々が少なく、道のひらけた平原。

 ところどころに色とりどりの花も咲いている。

 お、あの花は食えるな。

 俺の食べ物センサー(毒物検知無し)が反応する。

 ハイビスカスのような色と花弁を持ち合わすそれは、野生の勘とこれまでの経験上、絶対食べれるなという確信を持って言える。

「薬草の特徴は覚えてる?」

「ええ。もちろんです。こちらにありますよ」

 押花として栞のようなものにされたどことなく見覚えのあるその可憐な緑色をしたそれは、セノの手のひらの上にあった。

「多分それ。そこら辺に落ちてるんじゃないかな」

「落ちてると言われましても……。血眼になって探せということでしょうか?」

「そこまでしなくとも…。ほら、これとか」

 足元にあった雑草にも思える緑色の草を抜き取り、セノに渡す。

「それは…。ヨイヤミソウではないでしょうか?」

 なんだか自分の学生時代のネーミングセンスを思いだす名前だ。あの頃は酷かった……。今でもちょくちょくかっこいいと思うことがあるのはきっと全男子の総意だろう。

 俺はそう信じるしかない。じゃないと俺が俺でいられなくなってしまう。

「どんな効果があるんだ?」

「食べると即失神します」

「劇物じゃん」

「特殊な加工をしたすり鉢ですり潰すと超効果が高い媚薬ができあがります」 

「超劇薬じゃん。エロ同人の為だけにありそうだな」

 失神でも、媚薬でも。

 両方で使えるのはある意味役得と言うやつなのだろうか


 ふと、目を向けると、草の中に黒い本が落ちていた。

 一体何かはわからない上、得体のわからないものではあったが、とりあえず懐にしまっておいた。

 それが破滅の叙事詩であるとも知らずに。

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