モテる男の裏の顔

みららぐ

モテる男の裏の顔



その男は、生まれつきモテる男だった。


何の取柄もないとは対称的に、勉強は出来るわスポーツ万能だわ、ノリが良いわ、絵は得意だわ、歌を歌わせたってその男の右に出る者はいなかった。


いや、それは大人になった今だって同じだ。

今年で24歳になった“翔くん”は、むしろ20はたちを超えてから出来ることが格段に増えた気がする。

大卒で独り暮らしを始めたのを機に、翔くんは自宅のマンションで自炊を始めたらしい。


だけど和食というものは基本作らず、仕事から帰ってくるなり作っているのは専らイタリアンやフランス料理が多いとのこと。

そんな翔くんに僕が何故かと問いかけると、翔くんはただ一言「だってその方がモテるから!」と言った。


翔くんには現在、恋人がいない。

いや、正しくは「特定の恋人がいない」。


いつも色んな女の子をとっかえひっかえしては遊んでいて、仕事が休みの週末なんかは毎週予定がびっしり埋まっている。

だからたまに2つのデートの時間が重なったりして慌てている姿を僕は知っているから、一つだけ翔くんの欠点を挙げるとすればそこなんだと思う。


翔くんは何より、女性が関わると途端にだらしなくなるのだ。


高校を卒業した後、翔くんが有名な大学に進学した理由も同じだ。

翔くんの頭の中では「有名大学に進学する=頭が良いと思われる=女にモテる」という何だかよくわからない思考が出来上がっていたらしい。


まぁ幸い翔くんは元々勉強が出来るから、第一志望の大学には難なく合格していたけれど。


だけど、そうは言っても翔くんの幼馴染であるこの僕も何とか場所は違えど別の大学に合格し、去年卒業してそれなりに大手企業にも就職できた。

まだあまり慣れない仕事で毎日大変だが、それなりに充実した日々を送っている。


そんなある日。

僕は久しぶりにいきなり翔くんに呼び出されて、翔くんが住むマンションに足を運んだ。


「よっ。翔くんお久だね」

「あ…そっちゃん。久しぶりだね」

「その呼び方やめてってば。っつかどしたの?突然家に来いとか」

「うん…まぁ上がってよ」

「…?」


因みに、僕の名前は「宗助そうすけ」という。翔くんには昔から「そっちゃん」と呼ばれているが、もう良い大人になったんだからその呼び方はいい加減やめてほしい。

翔くんは珍しく酷く落ち込んだ様子で僕のことを出迎えると、早速奥のリビングへと案内した。


うん、まぁ突然の呼び出しだったけど、ちょうど良かった。僕も翔くんに大事な話があったから。

でも…一方、僕の前を歩く翔くんは、やっぱり元気がない様子だ。こんなにあからさまに肩を落とした翔くんは、生まれて初めて見たかもしれない。


「?…どうしたの。なんか今日元気ないね」

「あ…そう見える?」

「うん。それに、珍しくない?今日みたいな土曜日は、翔くんだったら絶対女の子とのデートの予定が入ってそうなのに」

「…まぁ。そうなんだけどね」

「…?」


翔くんは僕の言葉にそう相槌を打ちながら、僕を先にソファーに座らせ、キッチンで僕に冷たいお茶を淹れてくれる。

相変わらずキチンと片付けられた部屋。

翔くんは綺麗好きだから、決して部屋を汚さない。


僕がソファーの隅にあった柔らかいクッションを手に取って自身の膝に置くと、翔くんがキッチンから声をかけてきた。


「あ。そっちゃんコーヒーの方が良かったかな?」

「ううん。お茶が良い」

「ん、りょーかい」


翔くんのそんな問いかけに僕がそう答えると、やがて翔くんが2つのグラスを両手にリビングのソファーに戻ってくる。

はい、と手渡されたそれを「ありがと」と受け取ると、僕は早速翔くんに問いかけた。


「で、どうしたの?なんかあった?」

「え、それもう聞くの?」

「いや聞くでしょ。そんなあからさまに何かがあった顔されたら」

「…」


僕がそう問いかけると、一方の翔くんは僕から目を逸らして下を向く。


…え、何その反応。

まさか…複数人の女性と遊んでるのがバレてえらい目に遭ってるとか?

既婚者と不倫して慰謝料請求されたとか?

もしくは、相手の女性に望まない妊娠をさせてしまった、とか……。


そんな翔くんに僕が色んな想像をぐるぐると巡らせていたら、やがて意を決した様子で翔くんが口を開いた。


「っ…聞いたよそっちゃん!」

「え、何が。っつかその呼び方、」

「結婚、するんだって!?」

「!!」

「っつか、結婚んだって!?」


翔くんはそう言うと、テーブルを挟んだ向かい側で僕を真っ直ぐに見つめる。

その表情にうっすらと浮かぶのは、ちょっと切なそう…というか、寂しそうな翔くんの目。

…いや、確かに僕は同じ大学に通っていた女性と先月籍を入れたばかりだけど。

まさか翔くんにそんなことを言われるなんて思ってもみなかった僕は、少し戸惑うように口を開いた。


「え?あ…だ、誰から聞いたんだよ、そんなこと」

「…昨日コンビニでたまたま高校の同級生と会って、その時に聴いた。水臭いじゃん、俺聴いてないんだけど!一応俺たち、幼馴染で一番の親友なんじゃないの!?」

「あ、や…それは、」

「少なくとも俺はそう思ってるよ!」


翔くんはそう言うと、珍しく眉間にシワを寄せる。

普段温厚な性格の彼が怒ることなんて、滅多にない。

なんで言ってくれなかったの、と言葉を続ける翔くんに僕は目を逸らして言った。


「…今日来たついでに報告しようと思ってたんだよ」

「うそだ、」

「ほんとだって」

「確かに最近はお互いに忙しいから会う機会も減ってたけどさ、そんな重大な報告は真っ先に報告してほしかったよ。っつかそっちゃんに彼女がいたことすら知らなかった、俺」

「それは……ごめん」

「…」


……だって、翔くん女の子にすごいモテるし。

正直、あんまり会わせたくなかったんだよね。

翔くんに限って僕を裏切るようなことはしないとは思うけど、彼女の方が翔くんに一目惚れしてしまったらどうしよう……なんて考えたら、つい。


いや、ていうか、何か恥ずかしくない?

幼馴染 兼 親友でもある故、僕のことをよく知りつくしている翔くんに、いきなり「彼女ができました」なんてさ。

僕、昔からすげぇ照れ屋なんだよ。そんなことはとっくに知ってるくせに。


僕はそう思いながら、翔くんに言った。


「…翔くんだって僕に彼女を紹介してくれないじゃん」

「俺はっ…紹介するにはいくら何でも多すぎるから」

「そろそろ1人に絞らなきゃそのうち刺されるよ?」

「ははっ。かもね」


翔くんは僕の言葉にそう言って笑うと、自分の分のお茶を飲む。

リビングの窓際にかけられているカーテンの隙間から、太陽の光が漏れて床を照らしている。

…もうすぐ夕方だ。


「…じゃあ、今日は僕にその話をするためにわざわざ彼女たちとの予定を断ったの?」

「うん、午前中だけカフェと映画に行って、午後と夜は全部ドタキャンした」

「あ、そう」

「あ、そうって…だって考えてみなよ。幼馴染の結婚だよ?親友だよ?そりゃあそっち優先するだろ、普通に」

「…そっか」

「そうだよ」


僕がそんな翔くんの言葉に相槌を打つと、翔くんが目の前でお茶を飲み干した。

喉、渇いてたの?

そして2杯目のお茶をコップに注ぎに行く翔くんに、僕はなんとなく口を開く。


「…翔くんって、昔から友達思いだよね」

「え?」

「昔、小学2年のときだっけ?近所に住んでたユウタくんが、家の鍵失くした!って言ったら、翔くん陽が暮れても一緒になって探してあげてたじゃん。

あと、僕が小学3年のとき公園で転んじゃって足怪我したら、家までおんぶしてくれたりさ、ほんと、翔くんは昔から友達思いだよね」


僕はそう言いながら、キッチンの冷蔵庫の前に立つ翔くんの背中を見遣る。

僕の言葉に翔くんは「いつの話してんだよ」と笑うけれど、でも本当に翔くんのそういうところは僕が尊敬しているところだから。

確かに女性関係はだらしないところがあるけど、友達に対しては物凄く誠実なんだ。


翔くんは僕のそんな言葉に、左手にお茶の入ったコップを持ったまま、リビングに戻って来るなり言った。


「俺は友達思いとかじゃなくて、そうしたいから行動してるだけだよ」

「いや、その“そうしたいから”っていうのがさ」

「それよりそっちゃん、今日の夜あけといてくれた?」

「え…うんまぁ。っつか、またそっちゃんって…」


僕は翔くんの問いかけに、ちょっと不満ながらもそう頷く。

このマンションに呼び出された時に、事前に翔くんに「夜もあけといて」と言われていたのだ。

僕が頷いたら翔くんがニッと笑って、言った。


「今夜、駅前の居酒屋でそっちゃんの結婚祝い予定してんだ!小学校の時の友達も何人か呼んでるから絶対に来て」

「え、マジ!?良いの!?っつか小学校の時の友達って誰!?」

「それは来てのお楽しみ~」


主役は黙って楽しみに待っといて、と。

やっぱり友達思いのそいつの言葉に、俺はやがて「わかった」と頷いた。


不思議だな。

翔くんは、一緒にいる女性のことは一人に絞れず、関係もそう長くは続かないのに、僕とはもう20年以上の付き合いになる。

そしてその関係は決して壊れたりせず、久しぶりになってしまっても連絡が途切れることはない。


僕は不意に翔くんの目を真っ直ぐに見遣ると、改めて口を開いて言った。


「…あの、翔くん」

「うん?」

「ごめんね。本来は一番最初に伝えなきゃいけない相手の翔くんに、僕、何にも言わなくて」

「…うん」

「だって……いや、言い訳はしない。僕、結婚したんだ。結婚したんだよ、翔くん」

「うん。…おめでとう」


僕がそう言うと、目の前の翔くんがちょっと泣きそうな顔になって僕を見る。


そういうところ。

意外と涙もろくて、誰よりも先に泣いてしまうところも変わらないね。

高校の時、卒業式で翔太くんが女子よりも先に泣いてしまっていた時のことを不意に思い出すと、僕はちょっと吹き出しそうになった。


「…結婚式に呼んだら、来てくれる?」

「もちろん。スピーチでも司会でも受付でも何でもやってやるよ。親友の門出なんだから」

「ははっ。それは心強いな」


僕は翔くんの言葉にそう言って笑うと、テーブルの上に置きっぱなしになっていたお茶を全て飲み干した。










【完】

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モテる男の裏の顔 みららぐ @misamisa21

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