第4話
バリバリバリと上空から中継ヘリが追って来る。
PDAでニュース画面を映像投射すれば、早速SNSに写真が上がり、
『みてみてー! 今日運転逆! 超レア! 見ちゃった~!』
『ライル運転してるー! なんで⁉』
と、はしゃいだコメントがどんどん上がって来ている。
「こんなんで喜んでくれるなんてホント可愛いねぇ」
ライルは口角をあげて満足げに笑うと、更にアクセルを踏み込んで上機嫌に車間を抜けていく。
ちら、と後部座席で寝そべるシザを見ると、彼はいつもなら乱暴な運転にすかさず文句を言ってくるはずなのに腕を組んだまま目を閉じていた。
「やっぱり、気にしてねえとか言って気になってるんだ」
シザがゆっくりと瞳を開く。そっぽを向いた。
「関係ないって言ってるじゃないですか」
ライルが口笛を吹く。
「ユラ、コンクールでグランプリ獲ったんだ。やるじゃん」
「画面見ながら運転しないでくれます? あと貴方がユラを呼び捨てにしないで下さい。腹立つんで」
「おっ、この指揮者オレでも知ってる巨匠だぜ。俺、こう見えても一時期ヴァルナ・オーケストラの団員と付き合ってたことあるから、連れられて結構オケとか見に行ってたことある。すっげー高飛車な女だったけど、そいつがこの巨匠は尊敬する音楽家の一人だとか言ってたなぁ。だから、多分スゴイ」
「……貴方が付き合った高飛車な女の話はいいですから、いい加減前向いて下さいよ」
「そんな巨匠がベタ褒めしてるなんてユラちゃん、すげーじゃん。そんな偉大なピアニストだったわけ?」
「……。」
「そうか。グランプリ獲った後って一瞬すげー忙しくなるもんな。そりゃ当分帰ってこれないねぇ。あ、なるほど。それで兄貴がやさグレちゃってんだ」
「ライル。もう一度でもユラのことユラちゃんとかいう気持ち悪い呼び方したら、ほんと貴方の脳天割りますよ」
「呼び捨てにしても怒る癖に……ユラって短いから他に愛称の付けようもねえよ」
ライルはケラケラと笑っている。
「あんたさあ……こういうの、本当は一番に祝ってやりたかったんだろうね」
そっぽを向いたままのシザに、ライルは首を傾げる。
「わっかんねえな……だから早いとこノグラント連邦捜査局か国際裁判所に出頭しちまえばいいんだよ。元警察の俺様の見立てでは、絶対あんた出頭したって裁判では無罪勝ち取れるって。
なんかダリオ・ゴールドの余罪探りたいとか言ってたけど、もういんじゃね?
そんなもん暴いたって相手もう死んでるんだし、何の得にもならねーよ。
まあ、あと十日我慢すりゃいいとかならそうすりゃいいけど、あんたあと十年【グレーター・アルテミス】からどこにも行けないんだぜ? 馬鹿馬鹿しいっての」
「うるさいなぁ……。貴方喋りながらじゃないと運転できないんですか?」
「うん、割とそお。」
「最悪ですね……。二度と貴方そっちに座らせませんから」
「ユラ君はなんて言ってんのよ。兄貴にダリオ・ゴールドの余罪全部暴くまで、徹底的に戦い続けてくれって言ってんの? そんで自分は色んな海外に行って、自由に音楽活動してんだ? かわいい顔してっけど、言うことすっげーエグいんだねあの子。自分のカノジョだったら引くわ~」
「……。」
ライルはシザを振り返る。
「おい、勘弁してよ。冗談だからここは笑ってくんねーと」
「……貴方をどう殺してやろうかと考えてるので」
「あのなぁ……別におたくら苛めてるわけじゃねえっての。
シザ大先生見てるとさあ、ユラ君の前だと格好ばかりつけてんだもん。
俺やおっさんの前だともっと平気で暴君ぶるのに、あの子の前だと『離れてても愛してる』とか『僕は貴方の帰る場所だから』とか『貴方に想われてるだけで幸せです』とかすげーカッコつけてんじゃん」
「人の電話盗み聞きするのやめてくれます?」
「たまたま聞こえて来たんだよ」
「ならすぐどこか行けばいいでしょう」
「んでもどんなにカッコつけてもこうやって実際、ボロ出て来ちゃってんじゃん」
「なにがボロですか。僕は今日、いつもに増して完璧な仕事をしてましたよ。
僕が何かに気を取られて、怠惰な仕事をしたなら貴方は同僚として僕を叱っていいですけど、そうじゃないのに説教なんてしないでください」
「そら今日もパーフェクトだったけどさ。気を抜けないからっていつも以上に張り切り過ぎだし、そんなんじゃ持たないよ? あんたって絶対、倒れる直前まで平気な顔してるタイプだろ。
俺、元警察だからすげー分かんだよねそういうの……ほら、警察って二十四時間じゃん? 大きな事件起こると何日も家帰れねえこともあるし、そういうのって勤務しながら力の抜きどころとか休みどころとかを自分で見つけてやんなくちゃいけねーのよ。
いたな~。あんたみたいな自分のキャパシティ見誤った馬鹿な新人とか。
まだ頑張れます! とか言いつつぶっ倒れたり貧血起こしたりして病院送りになってんの。馬鹿だよね~っ! 最後まで頑張るのが偉いと思い込んでんだから」
「なんですか? 殴り合いですか?」
「グランプリ受賞して【グレーター・アルテミス】への帰国が先延ばしになったって書いてあったしさ。あんた苛々し始めたの、明らかにこの数日からだよね。絶対会えないからフラストレーション溜まってんでしょ」
「それは溜まっていますよ。でもそれは一般論でも普通のことです。貴方は恋人に長い間会えなくて平気なんですか?」
「んー。時と場合による。オレ自分がすげー忙しい時なら全然会えなくて平気。あと誰かと違って、自分が会いたいと思ったら勝手に会いに行くから問題ない」
車が【バビロニアチャンネル】のビルについた。
駐車場への道に入っていく。
「……貴方ユラに余計なことは言わないで下さいよ」
キキキィッ、と無駄なドリフトをしてライルが車を止める。
「余計なことって?」
「僕が会いたがってるとか、今言ったようなことをですよ」
シザが車から降りて歩き出す。
ここから直接ラボへとエレベーターで行ける。
そこでプロテクターや戦闘服など装備を解除するのだ。
「……ユラはただでさえ、僕を【グレーター・アルテミス】に残しているのを気にしてるんです」
シザはライルが乗り込んでくると、エレベーターの扉を閉める。
「以前も、あの人が一年という区切りで音楽活動することを決めたのも、そのせいなんですから」
「そうなの?」
動き出したエレベーターの中で、ライルはジャケットを脱ぎ始めた。
「そうですよ。最初は一年だけのつもりだったんです。それが……」
「なるほど、運よく色んな人の目に留まって、延び延びになってると。
あんたはさぁ、ユラ君が音楽活動してること、どう思ってんの?」
「どうとは?」
「続けてほしいの? それとも辞めて、自分の側にずっといてほしい?」
シザがライルの方を見る。
エレベーターが止まって開発部階についた。
ラボで装備を解除して、シャワー室に向かう。
「ここに来た当初はともかくさ、今の大先生の稼ぎなら余裕であの子も養っていけるじゃん? 無理にユラ君が働く必要もないでしょ」
「ないですよ」
シャワーを浴びながらシザが冷たく返す。
当然です、という声だ。
それはそうである。【アポクリファ・リーグ】でもシザは屈指の実力者で人気もある。つまり稼ぎも一流なのだから。
隣のシャワールームに入って同じように汚れを流しながら、ライルは笑った。
「んじゃ、別に無理しないでもいいんじゃないの。このご時世、別に律儀に各国渡り歩かなくたって音楽活動なんか出来るもんな。
さっきチラッとユラ君の記事とか見たけど、あの子写真写りすげー悪いね。
全部緊張して目ェつぶってるか怯えた顔してるし、音楽はともかくああいう取材はもう苦手なんでしょアレ。
向こうも辞めたくても言いにくいのかもしれないよ? ほら、普通の恋人同士ならプロポーズして家庭に入ってくれとか言えるけど、おたくら兄弟だからそういうきっかけもないじゃん?
同棲もしちゃってるけど、兄弟だから当たり前だし。
先生が苛々してんのってそういう、なし崩しの状態に参ってるっていうか。
あんたが何望んでんのかが、オレいまいち分かんねえっていうか伝わってこねーんだけど」
シザがシャワーを止めた。
タオルで身体を拭いている。
「ユラ君と会ってる時はすっげー嬉しそうだし、ずっと一緒にいてーって感じすげぇ伝わってくるけど、あんた結局いつもあの子の手離しちゃうし。
【グレーター・アルテミス】出れねえのに他所にやっちゃうし。ホントは言いたいんじゃないの? 音楽活動なんてやめて自分の側にいてほしいって……」
「ライル」
「ん?」
長身の二人にとっては肩ほどまでの、低い仕切りの簡易シャワールームから、シザがライルの方を見ている。
「あなた、ユラのピアノを聞いたことありますか?」
「ピアノ? いんや無い。俺ピアノとかキョーミねえから。オケは派手だからまあまあ好きだけど」
そうですか。
シザは濡れた髪を拭きながら、小さく息をつく。
「――なら一度聞いてみれば、僕に問いかけた質問の答えが自ずと分かりますよ。
僕がユラに音楽活動を続けてほしいかどうか」
「?」
シザは美しい碧の瞳で、一度ライルに冷たい一瞥を与えるとシャワールームから出て、側の更衣室に入った。
「この世には人がどう思おうと、天から才能を与えられて、それをすべき人間というものがいるんですよ。
そういう人を、どれだけ手に閉じ込めても――無駄なんです。それは。
自然と彼の音楽を望む人間が、彼を僕の側から連れ出して行く」
一瞬後ろ姿を見せたシザの鍛え上げられた裸体は、元警官であり、屈強な男達を見慣れているライルでも見事だと思うほどだ。それはこんなもん見たら女たちがきゃあきゃあ言うのも当然である。
【グレーター・アルテミス】にやって来た当初は、シザは収入を得るために容姿を利用して雑誌のモデルなどもやっていたらしい。
しかし【アポクリファ・リーグ】に参戦し、特別捜査官として人気が出た上、【バビロニアチャンネル】CEOであるドノバン・グリムハルツの養子になると、彼は死に物狂いで稼ぐ必要もなくなり、元々あまり好きではなかったというモデルの仕事は、今はほとんどやっていない。
華やかな雰囲気と目を引く容貌を持つシザだが、今の私生活はひたすら特別捜査官の仕事にのみ集中していて、出動外でもジム通いなどもっぱら自分のメンテナンスと強化に当て、オフではメディアの前にはあまり出て来ない。
「望む人間ってだれよ?」
「さあ……」
手早く着替えてシザは出てくる。
「音楽の神様じゃないですかね」
「帰んの?」
「頭が痛むから、一度戻って寝て来る。定例パーティーまで数時間あるでしょう?」
ライルはシャワーを浴びたまま、腕時計を見た。
「んー……いま17:21分だから、三時間くらい?」
「そうですか。じゃ、三時間後に」
「起こしに行ってあげよっか?」
シザの自宅はこの【バビロニアチャンネル】本社に隣接するドノバン所有のタワーホテル最上階にある。
蟀谷を押さえて本当に怠そうな顔を見せたシザに声を掛けたが、彼は軽く手の甲を返してみせた。
「僕よりどこぞのおじさんが遅刻をしないように起こしてあげてください。どうせあの人、ここの仮眠室で寝るはずだし。貴方もそうでしょう」
「俺これから近くに食べに行く。昼飯食ってないから腹減ったし」
「そうですか。じゃあ、あんたも遅れないようにお願いします。おつかれ」
「おう」
◇ ◇ ◇
シザが出て行くと、ライルは着替えながらPDAを起動させる。
ユラ・エンデと検索を入れると、どんどん先日のドレスデン国際コンクールの記事が出て来た。
彼はこれまでにも二度、若手音楽家が望むべき大きなコンクールを取って来ているらしい。
音楽の都として名高いトリエンテ王国の音楽院が、大切に育て上げて来た音楽家。
在学中から音楽活動の話はあったようだが、卒業まで外部との契約を許可しなかったようだ。
卒業後は一年間、トリエンテ管弦楽団と行動を共にしている。
……要するに在学中に、その卒業後の一年の間。
ユラは世に出るきっかけがあったが、その時には事務所契約には至らなかったということだ。
現在十五歳のユラにとっては三度目の輝かしい戴冠を、音楽界では誰もがようやく世に出るきっかけと見ているらしい。
多くの人間が待ち望んでいるということが、そういった記事の多さからも伝わってくる。
「なるほどねぇ……」
着替え終わったライルは側の装飾品に手を伸ばした。
「神様相手じゃ、王子様なんか出て来たって、今更驚きもしないわな」
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