第3話
ドゴォォォォン!
自慢の流星蹴りが炸裂して、土を操る能力者が吹っ飛び、柱にぶち当たった。
側で見ていた野次馬たちが歓声を上げる。
降り立ったシザが手を上げると、低空飛行しているヘリが煽りつつ彼を撮って上昇していく。
「ん~。優秀だねぇ~」
向こうから、逃亡していた二人の強盗犯の首根っこを掴み、引きずりながらライルが戻って来る。
「今日も大漁大漁~♪」
口笛を吹きつつライルはアイザックの前に二人を下ろした。
そして側のオープンカーに飛び乗ると、いつものように後部座席にごろんと仰向けになる。
ライルは長身なのでオープンカーの端から足が飛び出してるが、彼はそんなことお構いなしである。まるでソファに寛ぐ人のように横になっている。
「おい、お前なによこれ。ちゃんと本隊に犯人引き渡して来いよ」
アイザックが腕組みをした。
「あとは先輩に任せるわァ~。俺お腹空いたし帰る。シザ先生運転して~」
「てっめ……! いつもめんどくせぇ部分だけ俺に押し付けやがって……!」
「いーじゃんおっさん今回も何にもしてねーんだから……」
「うるせえ! 誰がおっさんだ!」
「まー何はともあれ、俺様は今日忙しいから」
「なんだよ。また動物の世話か?」
「いや今日はどちらかというと同僚の世話かな?」
アイザックがライルを見下ろした。
ライルは寝そべったまま、自分のPDAで何かを検索していた。
「……なんだお前、分かってたのか」
「分かってたのかっつうか……分かるでしょーふつう。いつもより運転荒いし毒舌にも全然キレないし取材も上の空だしやたら破壊力あるし」
「お前ってチャラい割には人のこと見てんな」
「チャラいは余計」
「お~、失敬失敬。いや誉めてんのよ。お前俺があいつと同僚になった頃より、ずっとあいつのこと分かってるみてえだな。俺は最初あいつのああいう情緒不安定ついていけなかったぜ。自分に怒ってんのかってビビったもんだ」
「俺は怒られる理由がねえから分かる」
「お前ホントいい性格してんなぁ。んで、何調べてんだ?」
「大先生のカノジョのこと」
「ユラ?」
「シザがあんなに荒れてんのはカノジョとなんかあったんでしょ。
だって仕事は優秀な同僚に恵まれて死ぬほど順調なんだしさぁ。トラブったなら絶対プライベートだろ?」
「あいつらトラブったところ見たことねーよ。大丈夫かって思うくらい仲いいもん。どちらかというと会えなくて苛々してんだろ。ユラに関したらいつもそうだよ、シザは」
「いや今回は苛々っつうより、落ち込んでるから違う理由なんじゃねー? 例えば……こーいうこととか」
「ん?」
ライルがPDAの映像投射で記事を見せる。
そこにはユラがコンクール優勝者として招かれたドレスデン王宮での晩餐会で、国王夫妻に挨拶している姿と、そんな彼を迎えたのが普段、王宮にいない第一王子だということが華々しく書かれている。
彼は王位継承権第一位だというのに映画撮影の仕事にハマり、普段は王宮に滅多に戻らない放蕩息子なのだが、ユラ・エンデのコンクールを今回たまたま見たことにより、一瞬でその音色のファンになったのだという。
宮廷晩餐会にユラが来ると知って彼は両親に初めて頭を下げて、晩餐会に出してくれと頼み込んだ、そんな逸話が書きこまれている。
そして一緒に載せられた写真には、長身で栗色の髪に青い瞳をした美形の王子が腰を屈めてユラ・エンデの手の甲に熱っぽく口付けをする画などが上がっていて、アイザック・ネレスは片手で額を押さえた。
「あちゃー……こりゃ駄目だ。絶対見せちゃダメだソレ。荒れるぞ。暴風警報が鳴るぞ絶対。本物の王子様とか出て来ちゃ駄目だ。よし! 無かったことにしろ。おう、履歴絶対消しとけ」
「ん~。もうきっと手遅れでしょ。荒れてんもん。見てるでしょ。
前にシザのパソコン覗き見たことあるけど、音楽ニュース関係バッチリ情報追えるように設定してあったし絶対コレは見ただろ。
この王子様映画監督もしてっから、メディアの方にも情報流れちゃってるみたい。
色んな芸能人がユラ・エンデのこと『この子誰だ?』って騒いでて、かなり注目されちゃってるねえ」
きゃああああっと向こうで黄色い声援が上がっている。
握手して下さぁい、なんて騒ぐ女達にシザはにこやかに手を差し出しているが、さすがにアイザックには、シザの浮かべている笑顔の白々しさが伝わってくる。
「……ありゃ、あー。早く帰りてーなって顔だ」
「どーすんの。この後【バビロニアチャンネル】の定例パーティーあるっしょ。CEOの養子なら出とかないとまずいんじゃないの」
「そらマズいわな。養父の顔もたまには立てんと」
きゃあきゃあ言われていたシザがようやく戻って来る。
「……早く犯人を警察に引き渡して来てくださいよ」
いつも通り戦闘時のフォローアップをするゴーグルを外し、一つに結っていた少し長めの髪を解きながら、シザは剣呑な表情で、まだ現場でダラダラ喋っているアイザックとライルを睨んで来た。
「早く帰りたいんです」
「帰るっつったってお前今日の夜は【バビロニアチャンネル】本社に顔出さねーと駄目だぞ」
チッ、と隠しもしない舌打ちが出た。
「あんたのそういうところ、俺好きだな~」
ライルが笑っている。
「俺はキライ。指導不足とかいって叱られんの俺だもん。シザ君! 舌打ちなんてお行儀悪いですよ!」
「別に貴方に庇ってもらおうなんて思っていませんよ。定例パーティーには出ます」
「その顔でか?」
「いーよいーよ、出ちゃいなよ。その殺し屋みたいな眼光で壇上に立ったら【グレーター・アルテミス】に潜んでる犯罪者が尻尾巻いて逃げてくかもしんないしさ。
まあ美人も逃げてくかもしんねーけど。特にプラチナブロンドで、アメシストの目ェした、臆病な美人が」
「お前なぁ……実弾入った銃でロシアンルーレットすんじゃねーよ」
アイザックが挑発を続けるライルを注意した。それから腕を組みシザを見る。
「ユラが心配すんぞ」
ぶふぅ、とライルが吹き出した。
「おっさんは火のついたダイナマイトをシザの顔面に向けて投げつけてんじゃねえか」
「なんなんですか! 揃いも揃ってあんたたちは!」
シザがライルの乗っていたオープンカーのボンネットを容赦なく拳で叩いてから、掴むようにして彼が見ていた腕のPDAを覗き込んだ。
「あっ! おい、ダメだ見るな!」
アイザックは止めたが、時遅しである。
投射された映像を見た瞬間、怒っていたシザの顔から、まさに血の気が引くように感情が抜け落ちた。
それから彼は瞳を伏せて、変に冷静な声で言った。
「その写真ならもうとっくの昔に見ましたよ。別に気にしてないですけど、目に入ると不愉快なので消してください」
アイザックはそのシザの表情に非常に危険な見覚えがあったので、無意識に側から離れたが【アポクリファ・リーグ】史上最も鋼鉄の心臓を持つルーキーと呼ばれるライル・ガードナーは「あっそう」などと言って全く気にせず寝そべったままだ。
「可愛い弟さん持つと、お兄様は大変でございますねぇ」
「なに挑発してんだ、てめーは!」
アイザックがごつん、とライルの脳天を拳で叩いて、大人らしく窘める。
「なんだよ誉めたのに」
「誉めてねーだろどう考えても。おちょくってんじゃねーか」
「気にしてないって本人言ってるじゃん」
「かーっ! これだから新人は! どーみても気にしてる顔だろ! そういうのは優秀な同僚が言わずとも察してやらないと駄目なの。鵜呑みにしちゃダメなのなんでも! ……ん? なんだよシザ。なんでそんな殺し屋みたいな目で俺を見てんの?」
「おっさんがそこ立ってるから邪魔で車乗れねえんだよ。察してやれよ」
「お前はほんとシザがルーキーだった頃より更に可愛くないヤツだね……」
「ライル。そこどいてください」
「ん?」
「早く」
どけ、と仕草で示されて、ライルが運転席に移った。
「なに。今日そっち行くの?」
今度はシザが同じように後部座席に優雅に寝そべった。
「いつもは俺に運転なんかさせるかって絶対ハンドル握らせねえのに」
「僕の方が貴方より先輩ですよ。たまには後輩が運転してください」
シザも気が立ってると、とんでもない運転をする男だったが、ライルは気が立ってなくてもとんでもない運転をする男なので、普段シザやアイザックは彼に運転はさせない。
アイザックはギョッとした。
「おい。大丈夫か? こいつら引き渡したら俺が運転してやるけど」
「言ったでしょう。寝不足で頭痛いんです。早く家に帰りたい」
「別にいいけどさ……いつも運転お世話になってるんで。
んじゃ中継カメラ、撮り逃すなよォ! 貴重なライル様が運転してる姿だからな。
言っとくけど俺様こう見えて運転クソ上手いから、惚れ惚れしていちいち惚れるんじゃねえぞ!
おっさんバビロニアまで競争しようぜ競争! 競争っつうか俺が絶対勝つに決まってっけど、どうせなら一緒に走った方が俺様の速さが際立……」
「安全運転で!」
ゴスッ! といつもは握らないハンドルを任されて、はしゃぎ始めたライルの脳天に後部座席から蹴りを加えてシザが注意する。
「んだよォ……つまんねーな。折角特別捜査官には速度無制限許されてんのに……安全運転してる特別捜査官なんかだせぇよ!」
「おいおいシザ……お前なに自暴自棄になってんだよ。お前は運転担当だろ。こんな奴に自分の命委ねる気か?」
「……。」
シザは本当に不調らしく、それ以上言葉を発さなくなった。
「んじゃ、出発するよ~♪」
「おい待て小僧。俺が先導すっから俺を追い抜くな。それ以上スピード出すなよ」
「ん~、それなんか意味あんの?」
アイザックが苦い顔をして、犯人たちを警察本隊が警察車両に乗せたのを確認し、自分のバイクの方へ歩いていく。
「お前の運転を俺はまだ全然信用してねえ! お前のオルトロス時代の、スピード違反で死ぬほど逮捕されてる前科情報、俺の所にちゃんと入って来てからな……。獅子宮警察署長からお前にハンドル握らすなって言われてんだよ俺は」
「いつも急いでたんだよ。オルトロス治安悪いから、二十四時間こまめに呼び出されてよ……恋人の家行ってようやくヤっててもすぐビービー呼び出し掛かって来て、あちこち行き来してて目まぐるしかったからさ」
「スピード違反で逮捕されるヤツはみんなそう言うんだよ。いいか、お前絶対俺以上スピード出すなよ」
「はい、とか俺が言うと思った?」
ブオン! と音がして、すぐさまライルが笑いながら車を発進させる。
「あっ! ライルてめーっ! ……おわっ!」
慌ててアクセルを踏もうとしてアイザックが躓き、バイクでこけそうになる。
『おっさんは無理しないで安全運転で来な!』
PDAからあっはっは! という容赦ない笑い声が響いてすぐに切れた。
「くっそ! あの野郎……!」
辛くも体勢を持ち直して、顔を上げると、すでにライルの運転する車はカーブの向こうへと消えていた。
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